アングスト 不安 映画 ネタバレ。 アングスト 不安のレビュー・感想・評価

アングスト 不安 : 作品情報

アングスト 不安 映画 ネタバレ

youtube. しかし、公開当時はそのショッキングすぎる凄まじい内容により本国オーストリアでは1週間で上映打ち切りに。 さらに、ヨーロッパでも上映禁止、イギリスとドイツではビデオの発売も禁止。 アメリカでは「成人向け」を表す「X指定」のさらに上をいく「XXX指定」を受けて配給会社が逃げだしたほど。 実際に発生した事件を描いている上に、倫理的に許容しがたい設定、描写が含まれており、「本作は娯楽を趣旨としたホラー映画ではありません」という注意が書かれるほどの「非娯楽」映画。 日本でも当時は劇場公開されず『鮮血と絶叫のメロディー/引き裂かれた夜』というタイトルで1988年にレンタル用VHSが発売されたものの、世の中に出回った数はごくわずか。 ほぼ誰にも観られることなく地下に埋もれ、以降観たくても観られない作品となり現在に至る。 映画『アングスト/不安』のスタッフは? この「早すぎた傑作」でメガホンをとったのは、殺人鬼の心理を探るという崇高な野心のもと全額自費で本作を制作したジェラルド・カーグル。 本作は彼の唯一の監督作品。 また、観る者を冷徹な世界へ誘う、不穏なエレクトロサウンドを手掛けたのは、元タンジェリン・ドリーム、アシュ・ラ・テンペルの作曲家クラウス・シュルツ。 今回、解禁となったビジュアルは、映画『U・ボート』、『アンダーワールド』の俳優アーウィン・レダー扮する殺人鬼K. が眼も口も大きく広げ、暗闇で何かを叫ぶ顔をアップで捉えている。 その異様な表情から、本作の凄まじさを伝えるこの日本オリジナルのビジュアルをジェラルド監督もたいそう気に入り、特に色合いを絶賛、「素晴らしい。 見事だ」と表現した。 映画『CLIMAX クライマックス』や『カルネ』のギャスパー・ノエ監督は、自身の作品にて本作へのオマージュを捧げ、映画『ファニーゲーム』のミヒャエル・ハネケ監督の初期作品とも類似性が高いと語られる本作。 世界各国で上映禁止となった映画史上最も恐ろしい映画でありながら、このまま隠しておくわけにはいかない、異様で危険すぎる唯一無二な傑作『アングスト/不安』は、7月3日より日本全国順次公開。 「本作は、1980年にオーストリアで実際に起こった事件を描いております。 当時の司法制度では裁ききれなかった為に発生した事象であり、本映画をきっかけとして以降大きく制度が変わりました。 劇中、倫理的に許容しがたい設定、描写が含まれておりますが、すべて事実に基づいたものであります。 本作は娯楽を趣旨としたホラー映画ではありません。 特殊な撮影手法と奇抜な演出は観る者に取り返しのつかない心的外傷をおよぼす危険性があるため、この手の作品を好まない方、心臓の弱い方はご遠慮下さいますようお願い致します。 またご鑑賞の際には自己責任において覚悟して劇場にご来場下さい。 」 (フロントロウ編集部).

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アングスト/不安の上映スケジュール・映画情報|映画の時間

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本映像に映し出される 犬は、刑務所から放たれた殺人鬼による一家惨殺事件の犠牲となった、とある一家で飼われていました。 あまりに恐ろしすぎる狂人の異常な姿を捉えた予告編が解禁された後、SNS上では「予告だけで怖すぎる」「ホラー好きも覚悟した方がいい」など、ホラー映画ファンたちも慄く声が上がる一方で、「犬が酷い目に遭わないか心配」「劇場で観る前に犬が無事か知りたい」という 愛犬家たちからの不安と懸念の声が続出し話題に。 また、本記事冒頭に掲載した新場面写真では、 強い殺人衝動に駆られ屋敷に侵入した主人公K. と異変を察知し侵入者を探す飼い犬が顔をあわせる一触即発の冒頭シーンが切り取られています。 これまで数々の作品で、理由なく不幸な目に遭わされてきた善良な飼い犬たち。 本作もまた、 とんでもない蛮行を繰り返す主人公K. によって何気ない日常が壊されていく家族とその飼い犬。 殺人鬼の狂気を目にするより前に、動物の悲劇にショックで心が破壊されてしまうかもしれない、と不安に駆られる愛犬家の方へ向けた、公開前に犬の安否を確認できる映像となっています。 まとめ (C)1983 Gerald Kargl Ges. Filmproduktion 史上最もダークなシリアルキラー映画ランキングにて『ヘンリー』『セブン』『ハウス・ジャック・ビルト』を抑えて第1位を記録した本作。 本作に登場する 犬の愛らしさと、さりげなく犬を気遣う殺人鬼K. の関係は、本作中の数少ないほっこりポイントとなっています。 特別映像内で、犬が車に乗り込むまでドアを閉めるのを待つK. と、その後車のドアに挟まる彼の白いコートの場面には、なんとも言えないおかしさが漂っています。

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アングスト(映画)ネタバレあらすじや海外の評判!日本公開日や口コミも探してみる!

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英語字幕で鑑賞しました。 字幕を正しく読むことができず思い違いしている箇所もあると思います 2回目の鑑賞 大好き。 狂気というよりは主人公の歪んだ心の世界そのものが観る側を侵食してくるような感覚が面白かった。 主人公が謎の論理をもって行動するので、最初はツッコミを入れたくなるが、徐々にツッコミを入れる気力も失せ、とくに違和感も無く応援するようになるのが楽しい。 たまたま忍び込んだ屋敷の住人を殺していくうちに、自分自身の過去の家族の記憶と目の前の家族が重なっていくような描き方。 見知らぬ家族を殺すうちに、その殺す行為が自分をこんな風にした奴等への復讐へと変わっていくような感覚。 実際に知らない人を殺していくときは、こうやって自分の内面を相手に投影させながら殺すのだろうなという説得力があった。 主人公は自分の過去を思い出す心の声と連動して人を殺していく。 実際に、精神のバランスが崩れると、自分の体の感覚と心の感覚がシンクロせず心が体を高いところから見下ろしているような感覚になるので、こうした描写はよく分かる。 「みんな俺のことを見てるぞ... 」という偏執的な主人公の頭の中を示すように、ふとした瞬間に入り込んでくるカメラ目線の脇役達。 全てが映像で物語ってくる面白さがあった。 クラウス・シュルツのサントラがとても良い。 主人公の心のモードが切り替わる瞬間の「よーし、やるぞー」感があるが、機械的な冷たさのある曲でもあり、主人公の歪んだ精神ゆえの行動であるところともシンクロしているようで面白い。 youtube. 「精神病は支えてくれる人がいないと治らないし、本作の場合、そもそも家庭環境や人間関係が原因だった」という立場の作品だ。 どうしようもない。 自分としてはいい作品だと思う。 撮影の仕方が面白い。 役者にカメラを括り付けた撮影法。 1980年にオーストリアで実際に起きた一家惨殺事件を基に、殺人鬼ヴェルナー・クニーセクの異常な精神状態とおぞましい殺人劇を描く。 ジリジリ追い詰める生々しい殺人描写と赤黒い血液。 自分が殺した人間の死体を、その家族に見てほしいと願い、一度殺した女を生き返らそうとまでする狂気染みた行動。 そして彼の表情を捉え続けるカメラワークから伝わる狂気に、観ている者も切羽詰まった感情になる。 上映中止にまで追い込まれた禁断の問題作。 ブルーレイ、日本語字幕にて鑑賞。 彼は生粋のサディストと語られていたが、私はこの映画自体は「統合失調症の男による支離滅裂殺人物語」と解釈したので、ここから先の感想は人によっては不快になるかもしれない。 独断と偏見による感想だけど、精神病を馬鹿にしてるわけではないので悪しからず。 80年代では統合失調症は世界的に見ても曖昧な精神病で、断定するのは困難だった。 明らかに差別的である。 原題は『不安』という意味だが、フランスでは『統合失調症 schizophrenia 』がそのままタイトルとなっている。 統合失調症の症状はご存知だろうか。 常に脳内に異常なほどの何かしらの思考が湧いてくる。 それは自らで抑えることは出来ず、延々と思考に巡らせることにより、脳を沸騰状態に至らせる。 カフェでの緊張感は実際に漂う空気とはおそらく違うであろう。 あくまでも主人公目線のシーンだ。 それはつまり「常に誰かに見られている。 」「監視されている。 」という被害妄想の症状の一種であり、主人公から見た狂った精神世界に過ぎない。 主人公は劇中、絶えず話し続ける。 自分の考えがまとまらない滅裂思考である。 そして主人公は「完璧な計画が思いついた」と、何度も思いついては、自分の中で失敗する。 それは自分の能力よりも自己を高く評価し、偉大な存在だと信じて止まない誇大妄想。 症状の一種だ。 だが実際は妄想通りに事が運ばず、パニックに陥り不安が募る。 これをひたすらに繰り返す。 それによって、精神病ではない観客は、支離滅裂な言動の主人公に狂気を感じるわけだ。 精神病の人間からすると少し共感出来る部分があるのも否めない。 強迫性障害の私は実は何度も共感した。 妙に同調させられるのが本作の危険な部分でもある。 思考が乗っ取られそうになる。 この映画、被害者たちが一度も絶叫しないことにお気付きだろうか。 自分が殺した人間を見てほしい。 恐れて恐怖に震えてほしい。 自分の行動で、人々の命や人生を左右出来るのだと思い知らせたい。 そのように考えている。 だが実際は手際は悪く、すぐに殺せるほどの腕力もなく、絶叫すらされない。 誰も彼に怯えない。 犬ですら怯えない。 殺人鬼の異常性を肯定的に描いた映画ではなく、むしろ否定的に、小馬鹿にしてるような印象を持った。 承認欲を満たしてあげない絶対的意地を感じた。 脳内で発される言葉とは裏腹に、映像ではひたすらに焦燥する滑稽な姿が映し出されていた。 ラストに至っては、全員から冷ややかな目で見られている。 実際は誰もが恐怖して絶叫するような殺人劇を、監督はそうさせなかった。 だがそれが返って生々しさを増してしまった。 まぁこれは私の個人的推測に過ぎないけど。 殺人の計画や動機がなく、自らも「後悔している」と語る主人公。 「強盗目的の犯行」という間違った報道に対して彼は納得せず、むしろ「私を助けてほしい」と願う。 そして彼のサディズムは幼少期から自覚していた。 決定的な目覚めとなったのは14歳の頃に出会った45歳のアンネ・マリーだと思われる。 若き彼を使い、鞭打ちや暴力を振るい、アンネはマゾヒズムな欲望を満たす。 そのうち彼のなかに「同じことを母や他の女性にもしたい」と狂った欲望が顔を出す。 彼はささいな口論で、母をナイフで数ヶ所刺した。 その刺し傷は複数あるが、いずれも小さい。 やはり彼は恐怖心を与えることで優位に立ちたいのだ。 解離性とまでは言えぬが、彼の目まぐるしく現れる思考は、時に彼までを混乱させる。 幼き頃、自分自身に恐怖を抱いていた。 1人になると、自分自身に殺されて死ぬのだと。 彼は、自分自身の悪い思考と、別の自分自身の悪い思考を、対峙させてしまうのだ。 その思考に一貫性はなく、ただその場その場で考え、実行し、終わった頃には別の考えを巡らせている為、本人に動機などないのである。 精神破壊の危うい司令官が彼の脳には棲みつく。 だが彼はその都度興奮した。 彼の中に善人など棲んでいなかったのだ。 自分自身の恐怖から解放されたのは「音」だと語る。 この「音」というのも、統合失調症にはありがちな症状だ。 大抵はこれに悩まされるが、彼は救われたのだ。 実際のヴェルナークニーセクが統合失調症だったかはわからない。 が、本作の主人公はどう見ても統合失調症として描いており、ギャスパーノエも「統合失調症の主人公」と言っていた。 ギャスパーノエやミヒャエルハネケに影響を与えたのは明らか。 最近だとトリアーの『ハウスジャックビルト』なんかも、ダンテ神曲の引用や、主人公が強迫性障害の部分、殺人鬼の歪んだ承認欲求など、もしかしたら本作からヒントを得たのかもしれない。 主人公を捉え続けるカメラワークなんてのも、この時代でどうやって撮ってるのか不思議でならない。 この映画を観て、「案外大したことない描写だった」と思う人はたくさんいるはず。 でもそれは現代に大量にシリアルキラー映画や恐怖映画が蔓延っているからであり、良い意味でも悪い意味でも慣れてしまったからだ。 世紀の大傑作。 ちなみに統合失調症視点の異常な精神世界を描いた映画は『クリーン、シェーブン』がある。 娘に会いに行くロードムービーだけど、「頭に盗聴器入れられた」と思い込んで頭を切ったりと、かなり異常性高いのでオススメ。 殺人鬼ではない この手のホラー映画は、被害者側からの恐怖を描く事が多い。 しかし本作は、主人公でありシリアルキラーを主観におき、彼が狂気に走るのかをじっくりと捉えた、犯罪検証VTRの意味合いが強い。 ステディカムやズームによる極端な接写ショットや、クレーンでの高所からの俯瞰ショットといったカメラワークを多用しつつ、さらに耳なじみの悪い旋律の音楽が、観る者のアングスト(不安)を煽る。 ミヒャエル・ハネケやギャスパー・ノエが作品づくりの影響を受けたそうだが、確かにハネケの『ファニー・ゲーム』やノエの『カルネ』を思わせるシーンがあった。 ただ、そうした観客を嫌な気分にさせる演出には、以前からあざとさを感じていた。 だからこそ、この監督は「危険すぎる」とみなされ、次の商業用映画を撮れなくなったのかもしれない。 逆に言えばハネケやノエは、うまく映画界で立ち回れているからこそ、毎回センセーショナルな作品を発表できるのだろう。 不快指数120%なので観る人を選ぶのは確実だが、一つ言えるのはワンちゃんが癒しキャラ。

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