あとりえ スマブラ。 【動画あり】【スマブラSP】Shogun・あとりえの「絶対に負けたくない&当たりたくない相手」

大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL

あとりえ スマブラ

この記事の目次• HN:あとりえ 2017年10月から2018年9月まで、本名のtowa名義で活動• 身長:172cm• 体重:50kg• 出身・所在:大阪府• 初めてプレイしたゲーム:星のカービィ鏡の大迷宮• スマブラ歴:スマブラfor3DS発売日から今に至るまでの約4年 2015年9月に発売されたスマブラ3DSをトイザらスで発見し、パッケージに惹かれて購入 当時中学3年生。 引き続きその年の冬に発売されたスマブラWiiUを購入。 2015年の年明け頃、ウメブラ8の「Nietono vs Abadango」をYouTubeで視聴し、所謂ガチ対戦の存在を知る。 高校入学後はWiiUをオンラインに繋ぎ、ガチ部屋に潜るように。 この頃から、強くなる事を意識してスマブラをプレイし始める。 高校1年生の夏、第4回スマブラ4UバトルロードでEdge 現えつじ が優勝。 その姿に憧れ、オフ大会に参加したいと思うように。 2015年8月15日、初のオフ大会となるハイパースマバトに参加。 49位タイという結果に納得がいかず、さらに熱を持ってスマブラをプレイするようになる。 2016年2月11日、第7回スマバトにてオフ大会初の4位入賞。 2018年3月21日、ウメブラ31優勝。 2018年5月25日、「Pro esports team Next Generation」とプロ契約を結ぶ。 PNGとの契約に至った経緯 だりもこさん()のより プレイ当初はプロになりたいという気持ちは一切なく、ただ上手くなりたいという一心でスマブラに取り組んでいました。 しかし、オフ大会で結果を出すようになるにつれ、企業からスポンサードを受けたり、チームからサポートをされるプロプレイヤーになりたいという想いが少しずつ芽生え始めていました。 そんな中、2018年の5月に行われたeGENERATIONという大学生限定のスマブラ大会で優勝。 この大会を手伝っていた株式会社PACkage PNGを運営している企業 の関係者の方から「ウチで活動してみないか」と声を掛けていただき、その場で「お願いします」と返事を返し契約に至りました。 twitchやYouTubeで配信するわけでもなく、自分でブログを書くわけでもない。 発信する立場であるにも関わらずツイートが少な過ぎるという指摘をされたこともあります。 大会で圧倒的な成績を残し続けるわけでもなく、ただスマブラを練習するだけの日々。 どこかで自分に対して嫌気がさしていました。 スマブラに対する知識は多いし、上達するための方法論も自分なりに確立しているつもりです。 それらを自分の中に溜めたままにせず、文章にアウトプットし発信することで、少しでも誰かの役に立てれば良いなということは前々から思っていました。 また、考えを文章に落とし込むことで、自分の知識の整理をしたいという思いも以前からありました。 そんなとき、SmashlogライターのShogunさんとお話させていただく機会があり、何らかの形で自分は発信したいんだということを伝えると、Smashlogで書かせてもらえるかもしれないというお話を頂き、その流れのまま今回参加させていただく運びとなりました。 これからどんな記事を書きたいか 前述の内容とも重複しますが、自分の持つスマブラの知識や経験を惜しみなく記事に書き下ろし、新作のスマブラSPにおいても最前線に立ち、得られた情報を逐一記事にして発信したいと思っています。 また、メンバー内唯一の関西在住プレイヤーであることを活かし、今まで焦点が当たりづらかった関西のプレイヤーを特集したり、関西のローカル大会や比較的規模が小さい大学サークルイベントなども積極的に取り上げて記事にしたいと思っています。 最後に まだ自分に馴染みがない方がほとんどだと思いますが、これからSmashlogの記事や動画でのコンテンツ発信を通して、少しでも皆さんに自分のことを知っていただければと思います。 また、記事や動画での発信だけでなく、プレイヤーとしてもトップに立つことを見据えて取り組んでいきますので、そちらも期待していただければと思います。 Switch版のスマブラ新作が発売されると、さらに人口が増えることが予想されるスマブラシリーズ。 今以上に多くの人にSmashlogを知ってもらえるよう貢献し、有益な情報を提供することを目標に頑張っていきますので、よろしくお願いします! 最後まで読んでいただきありがとうこざいました!.

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【動画あり】【スマブラSP】タミスマ#11 5回戦 あとりえ(ウルフ) VS YB(ダークサムス)

あとりえ スマブラ

兵庫県出身。 東北大学理学部卒。 「DX」発売当初からヨッシーを使い続け、大学生時代に国内外の様々な大会に参加し、頭角を現す。 大学を卒業後、世界最強のヨッシー使いとして2014年5月に海外の動画配信団体「VGBootCamp」にスポンサードを受け、日本初の「プロスマブラー」となる。 2013年 Battle Gateway 1 バトゲー・スマブラ部 第一回大会 スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2013年 第10回スマブラDXバトルロードMelee 優勝 ヨッシー• 2014年 KVO2014 スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2014年 Super Smash Bros. 2014年 Republic Of Fighters 3 Paris, France スマブラDX 3位 ヨッシー• 2014年 BattleGateWay スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2014年 PreKVO スマブラDX 優勝 ヨッシー• 2015年 BattleGateWay スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2015年 KVO2015 スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2015年 MasterHand 6 優勝(ヨッシー)• 2015年 CrazyHand 2015 スマブラDX 準優勝(ヨッシー)• 2016年 KVO X TSB 2016(KSB2016) スマブラDX 優勝(ヨッシー)• 2017年 GTX Pre-Party アメリカ スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2017年 SPC 74 アメリカ スマブラDX 準優勝 ヨッシー• 2018年 Genesis5 アメリカ スマブラDX 9位 ヨッシー• 2018年 EGLX 2018 アメリカ スマブラDX 4位 ヨッシー• aMSa: 自我が芽生えたころなので4歳くらいですかね。 兄と姉がいて、スーパーファミコンが家庭にある状態でした。 aMSa: そうですね。 アクションばかりプレイしていました。 一応、RPGもやっていましたが、兄や姉のレベル上げ要因として使われることが多くて。 思い出といえば、いかに効率良くレベルを上げるかを考えていたぐらいですよ。 たまにデータが消えて怒られたり(笑)。 そんな状態だったので、幼少期は任天堂のアクションゲームとともに育ってきた感じです。 友だちと遊ぶ時も、任天堂のゲームは人気でしたしね。 aMSa: 出会ってしまいました(笑)。 最初は友だちが持ってきてくれたんですよ。 一緒にプレイしてみたらメチャクチャ面白くて! でも、当時はお金に余裕があまりなく、購入はせずに従兄弟がソフトを持ってきた時に一緒に遊ぶくらいでした。 でも、とにかく最高に楽しんでいました。 人が集まったらとりあえずやる感じで(笑)。 4人ではもちろんですが、兄弟で居る時はタイマンでプレイすることが多かったですね。 そこからゲームキューブで「スマブラDX」が発売されて、同じくハマりました。 面白いから遊ぶという状態が8、9年続いていた感じです。 友だちと会ったら、とりあえず「DX」みたいな。 aMSa: ゲームとしてのやり込みや隠し要素が初代に比べてガツンと増えたことですね。 一人で楽しめる要素が増えたことも大きかったです。 あと、そのころからガチ勢の人たちのプレイ動画がインターネット上に出てくるようになったんですよ。 「え、あんなあり得ない動きができるんだ」と研究しながら、兄や友だちとずっと対戦していました。 その時の印象が強くて、「DX」が自分の中のスマブラ像になっちゃったんですよね。 Wiiで発売された「スマブラX」は、敷居を下げるという理由もあったかもしれませんが、色んな要素がカットされてしまっていて……。 結局、「X」は自分の中にある像とは違うな、と思い「DX」をプレイしつづけた感じです。 ちなみに、ヨッシーに関しては身内でも人気を集めていて、「マリオパーティ」や「マリオカート」では取り合いになることもありました。 その人気に引っ張られる形もあって、ずっと使っていましたね。 そのままの流れで「スマブラ」で持ちキャラになりました。 そんななかでaMSa選手がヨッシーを選ぶ理由を教えてください。 aMSa: ヨッシーは、小学5年生のころからずっと「DX」で使いつづけていました。 学校内で「俺、スマブラ強いぜ」と言ってる人を、片っ端からヨッシーで倒しましたよ。 そんな状態がずっと続いて、単純に自分の中で一番使い慣れたキャラクターに昇華していったんです。 大学に入ってからは、初めて自分と互角に戦える友だちと出会ったことでガチ界隈にのめり込みました。 2012年11月にガチ勢入りしたのは今でも覚えています。 ちなみに、そのとき知人から「ヨッシーってそんなに強くないキャラクターだよ」って言われたんですけど、「そんわけねーだろ!」と。 自分としては昔から使っているし、何を言っているんだろうという感覚でしたね。 8、9時間ぶっ通しでやることもありました。 ただ対戦するだけじゃなくて、みんなで意見を言い合って腕を上げた感じですね。 フィードバックするために、わざわざ動画を撮影してYouTubeにアップすることも多かったです。 あとは、スマブラプレイヤー専用のSNSコミュニティを立ち上げて、攻略記事を書いたり意見交換をしたり。 そのころはオフ会をするたびにレポートを毎回書いていましたね。 ニコ生を始めてからは、配信でひたすらトレーニングモードをプレイすることもありました。 視聴者からのコメントで意外な発見があることも多く、本当に配信をしていて良かったなと思います。 自分の知らない知識をコメントしてくれるので。 当時最強プレイヤーのフラッシュさんを始め、北海道の強豪シークさん、関東の強豪VANIRAさんたちが参加されていました。 結果としては16人中の5位で終わりましたが、2、3日間開催のとても内容の濃い大会でした。 ずっとオフでプレイして、その後は大会のサブのような交流イベントにも参加して。 当時を振り返ってみていかがですか。 aMSa: 僕が負けたときの相手は、ガチ勢になるキッカケになった同じ大学のSanneというプレイヤーでした。 せっかくの大会なのに、彼に2回負けて終わるという(笑)。 ただ、フリー対戦などで上位のプレイヤーと良い対戦が出来て、手ごたえを感じられました。 大会自体はこれが初めてだったんですけど、年始に大阪で対戦会が行われまして。 そこでも真ん中くらいの成績に終わり、僕の中で「もっとちゃんと突き詰めたら上にいけるな」という自信が生まれました。 そこから積極的に大会や各種イベントに参加するようになったんです。 海外の大会を視野に入れたのはいつ頃でしょうか? aMSa: 先ほど紹介した北日本大会と同じ年の2013年ですね。 これがまた、メチャクチャいいタイミングで。 世界最大級の格闘ゲームイベント「EVO」の2013年は「スマブラDX」がタイトルとして選ばれた年だったんですよ。 そのころの僕はガチ勢入りしてまだ半年。 1月の大会は5位に終わりましたが、その後に関西で行われた国内最大級の大会では、初めて4位の成績を収めることができました。 それで自信が生まれ、海外に挑戦してみようという後押しになったんです。 aMSa: 25位でした。 ベスト32まで残ることができ、当時最強だったMew2Kingから1セット取ることができて話題になったのかなと。 この大会を皮切りに、大会やイベントには積極的に参加するようになりました。 aMSa: ありがとうございます。 結果的に言えば「スマブラ」で伸びましたね。 英語を勉強する、良いモチベーションになりました。 もともとは大学受験レベルの知識があり、加えて海外遠征で友だちと会話しているうちに、段々と構文などを覚えたって感じです。 実際に話す力が伸びてきたって思えたのは、3週間ほど海外遠征した去年の10、11月くらいですかね。 仲の良いAxeという世界最強のピカチュウ使いと話している際、「ゲーム配信は、もっとこういう風にやったらいいよ」みたいなアドバイスをもらって。 それで配信自体のモチベーションが上がり、折角だから全部英語でやろうと考えて、話しているうちに段々伸びていたって感じですね。 「スマブラ」の腕前と英語力が伸びるなか、スポンサーが付いたのはいつごろでしたか。 その経緯も教えてください。 aMSa: 2014年5月発表ですね。 経緯としては、まず同じ年の1月に「Apex2014」という海外の大会に参加した際、600人中で9位まで勝ち上がりました。 その大会で注目を浴びたこともあって、当時ゲーム大会の映像配信を行っていたVGBootCampという会社からFacebook経由でメッセージを頂き、せっかくこういった機会を頂いているのでやってみようと決意し、スポンサー契約を結んだという流れです。 aMSa: フルセットまでもつれ込んだ、「Apex2015」の対Mango戦ですね。 「スマブラDX」トッププレイヤーのaMSa選手による凄みは、大学時代からの武者修行を経て形成された。 後編では、aMSa選手が大切にされているルーティン、そして意外な経歴とゲームが結びつく瞬間について語ってもらった。

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『スマブラSP』招待制大会「闘龍門オンライン」

あとりえ スマブラ

この記事の目次• HN:あとりえ 2017年10月から2018年9月まで、本名のtowa名義で活動• 身長:172cm• 体重:50kg• 出身・所在:大阪府• 初めてプレイしたゲーム:星のカービィ鏡の大迷宮• スマブラ歴:スマブラfor3DS発売日から今に至るまでの約4年 2015年9月に発売されたスマブラ3DSをトイザらスで発見し、パッケージに惹かれて購入 当時中学3年生。 引き続きその年の冬に発売されたスマブラWiiUを購入。 2015年の年明け頃、ウメブラ8の「Nietono vs Abadango」をYouTubeで視聴し、所謂ガチ対戦の存在を知る。 高校入学後はWiiUをオンラインに繋ぎ、ガチ部屋に潜るように。 この頃から、強くなる事を意識してスマブラをプレイし始める。 高校1年生の夏、第4回スマブラ4UバトルロードでEdge 現えつじ が優勝。 その姿に憧れ、オフ大会に参加したいと思うように。 2015年8月15日、初のオフ大会となるハイパースマバトに参加。 49位タイという結果に納得がいかず、さらに熱を持ってスマブラをプレイするようになる。 2016年2月11日、第7回スマバトにてオフ大会初の4位入賞。 2018年3月21日、ウメブラ31優勝。 2018年5月25日、「Pro esports team Next Generation」とプロ契約を結ぶ。 PNGとの契約に至った経緯 だりもこさん()のより プレイ当初はプロになりたいという気持ちは一切なく、ただ上手くなりたいという一心でスマブラに取り組んでいました。 しかし、オフ大会で結果を出すようになるにつれ、企業からスポンサードを受けたり、チームからサポートをされるプロプレイヤーになりたいという想いが少しずつ芽生え始めていました。 そんな中、2018年の5月に行われたeGENERATIONという大学生限定のスマブラ大会で優勝。 この大会を手伝っていた株式会社PACkage PNGを運営している企業 の関係者の方から「ウチで活動してみないか」と声を掛けていただき、その場で「お願いします」と返事を返し契約に至りました。 twitchやYouTubeで配信するわけでもなく、自分でブログを書くわけでもない。 発信する立場であるにも関わらずツイートが少な過ぎるという指摘をされたこともあります。 大会で圧倒的な成績を残し続けるわけでもなく、ただスマブラを練習するだけの日々。 どこかで自分に対して嫌気がさしていました。 スマブラに対する知識は多いし、上達するための方法論も自分なりに確立しているつもりです。 それらを自分の中に溜めたままにせず、文章にアウトプットし発信することで、少しでも誰かの役に立てれば良いなということは前々から思っていました。 また、考えを文章に落とし込むことで、自分の知識の整理をしたいという思いも以前からありました。 そんなとき、SmashlogライターのShogunさんとお話させていただく機会があり、何らかの形で自分は発信したいんだということを伝えると、Smashlogで書かせてもらえるかもしれないというお話を頂き、その流れのまま今回参加させていただく運びとなりました。 これからどんな記事を書きたいか 前述の内容とも重複しますが、自分の持つスマブラの知識や経験を惜しみなく記事に書き下ろし、新作のスマブラSPにおいても最前線に立ち、得られた情報を逐一記事にして発信したいと思っています。 また、メンバー内唯一の関西在住プレイヤーであることを活かし、今まで焦点が当たりづらかった関西のプレイヤーを特集したり、関西のローカル大会や比較的規模が小さい大学サークルイベントなども積極的に取り上げて記事にしたいと思っています。 最後に まだ自分に馴染みがない方がほとんどだと思いますが、これからSmashlogの記事や動画でのコンテンツ発信を通して、少しでも皆さんに自分のことを知っていただければと思います。 また、記事や動画での発信だけでなく、プレイヤーとしてもトップに立つことを見据えて取り組んでいきますので、そちらも期待していただければと思います。 Switch版のスマブラ新作が発売されると、さらに人口が増えることが予想されるスマブラシリーズ。 今以上に多くの人にSmashlogを知ってもらえるよう貢献し、有益な情報を提供することを目標に頑張っていきますので、よろしくお願いします! 最後まで読んでいただきありがとうこざいました!.

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