そう とも 言える しそう でない とも 言える。 「言いたいこと」が言える子に 気持ちをちゃんと出せるように

「言える」に関連した英語例文の一覧と使い方

そう とも 言える しそう でない とも 言える

やり遂げられないのが分かっていて引き受けてしまうのは、質問者様が自覚なさっている通り、結果としては「不親切」な印象を相手に与えることになりかねません。 ただ、やみくもにNOとしてしまうのではなく条件付でYESと言ってみるのはいかがでしょう。 「一人だとできない、でも誰かが協力してくれればできる」とか「その納期では出来ないが、あと2日あれば出来る」とか。 嫌な内容であっても、何かそれを打開する条件を考えることで、状況は今より良くなるのではないでしょうか。 ちなみに私は性格的にNOを言うことに抵抗がないため、ばんばん言います(その代わり、条件付でYES、となるべく言うようにはしてますが)。 がんがん言ってしまうため、相手にはそれはそれで嫌がられます。 ここら辺には私の言い方の問題もあるでしょうが…。 しかし、どうしてNOなのか、を明確にすることで相手も納得してくれますよ。 なかなか難しいかと思いますが、徐々に考え方を切り替えていければ、と思います。 頑張ってくださいね。 Yahoo! JAPAN >内心、不快で不満になりながら、平気な顔をして相手の要求に応えてしまう悪い癖があります。 あなたは幼少期からそうだったのではないでしょうか?なにかいいたくて不満な顔、イヤと言うことをすると親兄弟に叱られる、もしくは心配させまいとして平静をよそおっていたのではないでしょうか? それでなければ人に嫌われることを恐れていませんか? おそらくあなたの「ノー」の表現が成熟されていないまま現在に至ったのでしょう。 これからでも遅くはありません。 まず、ノーといって嫌われることを恐れるのはやめましょう。 逆にノーといえる人のほうが魅力的です。 あとは話し方です。 感情は変えなくてよいです。 話し方としては相手を否定せず、「それも分かるけど、でも私はこう思う」という言い方でよいと思います。 何かを断るときは「申し訳ありませんが私にはできません」という一言つけるだけでも違います。 とりあえず、一回実践して見ることです。 すると、驚くほど心が軽くなるでしょう。 意外となーんだって思うかもしれません。 一方的な意見で申し訳ございませんでした。 世渡り下手の野良猫の日記 - 楽天ブログ(Blog) 私の経験でしか、書けないので、役に立たないかもしれませんが。 私も弱い人間で、ノーと言えずに病気になりました。 で、このごろ思うこと。 私がノーと言えないばかりに、私を大切に思ってくれる人に掛ける迷惑、掛ける心配、それを少しそういう選択を迫られたときに思い出すように心がけて、人は、自分の責任は自分で取らなきゃ行けないんだから、と、自分を励まして、ノーっていうコトをおそれないようにしようと今、がんばってます。 ノーって大きな声で言えるようには一生ならないと思うけど、でも、必要なときに、ノーって言ってると、相手に伝わるくらいの声では、言えるようになりたい、そう思っています。 あなたを大切に思っている人たちが、あなたに無理をして欲しくないから、不必要に不快な気持ちを抱いたり、自分を傲慢だとか思って貰いたくないから、ノーと言ってほしいと思っていると考えて、少し自分以外の力も借りて練習してみるというのは、いかがですか。 ? あなたは傲慢なのではなく、争い事が嫌いなだけなのだと私は感じています。 それは、あなたが自分を振り返るコトができる人だから。 お役に立つことを願っています。 ビジネスていレベル研究所 なかなか難しい問題です。 自分の気持ちとは裏腹に、まわりからの眼はそういうキャラになっているのかも知れませんね。 突然ぶっきらぼうな断り方をすれば「キレた」とか言われるかもしれないし。 どうゆう状況なのか詳しく分かりませんが「断り方」なのでしょうか?自分の評価も不利にならず、相手も不快に感じない断り方。 事前に断るセリフを作っておくことが必要ではないでしょうか。 具体的なセリフをここで紹介する知恵はありませんが、話し方の本を読んでいると「~ので」効果といのがありました。 これは相手には「本当はやりたいが、自分ではコントロールできないのです」風に認識されやすい効果があるようです。 あと最近出版された本で「お先に失礼する技術」というものがあります。 本質的に、他者の満足を自己の満足に置き換えられる、 他人のために働くことを好むタイプなんだと思います。 おそらく子供の頃から、なんとなくそんなふうに考えて、 いつも誰かのために行動してきたんでしょうね。 しかし段々大人になってくると、周囲は狡猾になってきます。 子供の頃は本当に助けを求めている人が頼ってきて、 その人のために行動してあげることで、 本当にその人が助かってきたわけですが、 大人になってくると、面倒くさいからとか、 nanotaさんが使いやすい人間だからというくだらない理由で 周囲が色んなことを押しつけてくるようになるわけです。 そして、いいかげんそういうのが嫌になってきたと。 そういうことなのではないかと思います。 ここで大切なことは、nanotaさん頼ってくる人が、 本当に助けを必要としている人なのか、 そうでないのか、という切り分けです。 お互い大人なのですから、たいていのことは 自分の努力でこなしていけるはずの相手です。 それでも敢えて助力を求めて頼ってきているのか、 それほどに重大なことがらが発生しているのか、 といった判断です。 nanotaさんが本当に利他愛を発揮していくためには、 ご自身の時間や力を、くだらないことに費やしてはいけないんです。 本当に助けを求めてくる人のために、 時間や力は保存しておかなくちゃいけないんです。 力になってあげるのは、本当に切羽詰まって どうにもならないような人だけに限りましょう。 「すまん。 俺は君も知っての通り、 頼まれると嫌とは言えない人間だ。 そんなわけで今、とんでもなく面倒なことに 関わっちゃってるんだよ。 今はすまんが君の力になれる余裕がない」 どうでもよさそうな頼み事には、 こんなふうに言ってしまって構わないはずです。 特に「押しの強い相手」ならなおさらに、 nanotaさんに頼らずとも自分の力でやっていける人のはずです。 ある意味、他人からの頼み事は全て、 借金の申し込みと同じに考えてしまっていいんです。 本当に必要としている人になら快く貸してやる。 しかし、余力のある人に貸してやる金などないし、 無い袖は振れないということもある。 あらゆる頼み事は、そういう借金ごとと同じに考えてみれば とても分かりやすくなってくると思うんです。 あとはスムーズな断り方のセリフを用意しておくだけ。 繰り返しになりますが、 「すまん。 俺は君も知っての通り、 頼まれると嫌とは言えない人間だ。 そんなわけで今、とんでもなく面倒なことに 関わっちゃってるんだよ。 今はすまんが君の力になれる余裕がない」 打算で近付いてくる人には、これで対処していきましょう。 そしてその人が本当に切羽詰まっていると分かったら、 あらためてこちらから「力になるよ」と言ってあげればOKです。 ノーと言えないのは相手に嫌われたくない気持ちからだと思います。 頼むほうは断れない性格の人を選んでいます。 ですから普通に「すみません」「出来ません」と言っても受け入れてもらえる可能性は少ないでしょう。 そこで断る言葉を一度「イヤです」に変えてみてはどうでしょうか? 「イヤです」というのは「出来ないです」という言葉より拒否反応を強く感じます。 相手は断られたということよりも、いつも自分に従順な相手に感情があることに気づいて驚くと思います。 もしそれで相手が怒ったならば、対等の人間であるという気持ちを持てない人だと考えて、今後一切を受け入れないことです。 もしかしたら一生食い物にされてしまうかも知れませんから。 でもやっぱり言葉が出てこない・・・そんな時にはハッキりしない態度で受けて下さい。 そしてそれを何があってもやらないのです。 他の用事に追われているフリをしたり、忘れたフリでも構いません。 相手は怒りながらも焦って自分でやるか、他の人を探すでしょう。 何か言われたら「やっぱりできなかったけど、言えなかったの。 ごめんなさい。 」 そもそも相手の限界を超えた要求をしているのですから、謝られたら次には頼んでこないはずです。 MSN Japan URLはダミーです。 分かります。 そういう方、今いっぱいいらっしゃいます様ですからね。 やはり一番の原因として、信頼を失ってしまうことを無意識に恐れてしまっているのではないかと思います。 これは本当に自覚がないまま進むので、直そうと思っても直せない方が多いみたいです。 私は今、私立高校で生徒会長をやっています。 立場上、業者や他校・学校側との交渉などで、私のYES・NOの発言が極度に重要視されるので、 私はとにかく、よく考えた上で無責任な発言はしないようにしています。 ポイントとしてですが、やはりまずは相手の目をしっかり見て話すこと。 そうすれば、自然に自分の発言に対して自身が沸くと思います。 精神面ではもっと相手とコミュニケーションをとり、普段から信頼関係が確立された状況を作ったほうがいいと思います。 とにかく一番は、自分のポリシーを強く持つことです。 できるならYES、そうでないのならNOと、はっきり言える様に自分自身を鍛えてみてはいかがですか? あとは、断った後に「ごめんね」とか「悪い」とか間髪を入れず先に誤ることも大切です。 信頼関係が崩れないようにするには、そういった心遣いも大切ではないでしょうか。 以上、若輩の身でずらずらと偉そうに書いてしまいましたが、参考になればと思います。

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ノーと言えるようになりたい。 ノーと言えるようになりたいので…

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「うちの子は、言いたいことが、なぜはっきりと言えないのか」 こんなふうについ気になってしまう親に、心を落ち着けてじっくり読んでもらいたくて、この本を書きます。 とても気がかりなことでしょう。 ものおじせず、なにげなくふるまって、友だちやどんな大人とも自然となじんでしまえる子どもたちと比べると、わが子のことが本当に気になる。 でも、あせって、いらだって、「どうしたらいいか」と、あまりにも意識して考えすぎるのは、かえっていい結果を生まないことが多いものです。 この本を読み進んでいくうちに「なんだ、そういうことなのか」と、大事なことがわかった気持ちがして、地に足がついたように安心できるはずです。 そうすると、親の心がぬくもってきます。 親のその姿を見て、感じて、子どもが安心します。 そして、その安心感が知らず知らずのうちに、子どもの心の肥料になっていくのです。 言いたいことが言えないことについては、親よりも子どものほうがもっと気にしているのです。 たとえ、そんなふうには見えなくても。 だから子ども自信が楽しくないのです。 「楽しいな、うれしいな」と思って、その場に慣れ親しんでいくと、知らず知らずのうちに心はほどけてくつろぎます。 (「はじめに」より抜粋) 【第1章】言いたいことが言えない子どもの心 ・あいさつのひと言が出ない ・なぜ、言いたいことが言えないのか ・三つの心と自己表現 ・言いたいことが言えない親、言える親 【第2章】子どもの言葉をさえぎっていませんか ・一所懸命な思いが言葉の壁をつくってしまう ・親が先走って口出ししていませんか ・「いじめ」と決めつけると問題を複雑にしてしまう ・家庭内の不和は子どもの心を疲れさせる 【第3章】子どもにマイナスイメージを植えつけていませんか ・急かされると心がこわばる ・親のマイナスイメージが子どもの心を荒ませる 【第4章】親が変われば、子どもも変わる ・夫婦がお互いに共感しあう ・家族みんながプラスイメージの発信人になる ・愛情がすべての原点 他.

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「いってらっしゃい」そう言えることが、こんなにも嬉しいなんて。

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たかれん 「いってらっしゃい」そう言えることが、こんなにも嬉しいなんて。 そんなココトモハウスは普段12時~22時は誰でも訪れることができて、『看板スタッフ』が常に一人以上滞在することで 「初めて行ってうまく話せなかったらどうしよう・・・」 「人見知りだから緊張しちゃう・・・」 といった不安を解消できるようにしています。 私も、そんな看板スタッフの一人。 8月から看板スタッフとして、私なりの「おもてなし」をさせていただいています。 「おかえりなさい」「いってらっしゃい」 訪問してくれた方のお出迎え・お見送りも看板スタッフの大切な役割。 ピンポーンとチャイムが鳴った際には玄関までお出迎えして、帰るときにはその背中が見えなくなるまでぶんぶんと(笑)手をふります。 最初は「こんにちは」「ありがとうございました」と挨拶していたのですが、最近はその挨拶が別の言葉に変わりました。 「おかえりなさい」「いってらっしゃい」と言えるようになったのです。 看板スタッフになった時から言いたいと思っていたのですが、なんだか照れくさかったり恥ずかしかったりで、なかなか言うことができませんでした。 けれど一度言ってしまえばこっちのもの! 今では、自然と「おかえりなさい」「いってらっしゃい」の言葉が出るようになりました。 私の「家」には、そんな言葉ありませんでした。 私は現在、実家で両親・兄と暮らしています。 けれど、19年生きてきて一度も我が家には「ただいま」も「おかえりなさい」も「いってきます」も「いってらっしゃい」もありません。 私が一人で言うことはあったけれど、 それに返事をしてくれる人は一人もいませんでした。 もしかしたら小さいときにはそういう挨拶をしていたのかもしれませんが、少なくとも今の私の記憶には残っていません。 出かけるときも一人。 帰ったときも一人。 もはやお互いが「今どこで何をしているのか」なんて認識することは無く、関与し合わない関係だったのです。 だから、「いってきます」って言うときの 「ここに帰ってくればいいんだ」って気持ちも 「いってらっしゃい」って言うときの 「つらいときはいつでも帰っておいで」って気持ちも 「ただいま」って言うときの 「もう心の鎧を降ろしていいんだ」って気持ちも 「おかえりなさい」って言うときの 「よく頑張ってきたね。 ゆっくり休んでね」って抱きしめたくなる気持ちも 全部全部、「ココトモハウス」が出来てから知りました。 愛のない家が当たり前だと思っていました。 母親と父親はお互いに嫌いあっていて、兄は意地悪ばかりしてきて逆らうことは出来なくて、私の家での役目は 「母親の愚痴をきくこと」「兄の鬱憤晴らしの相手(サンドバック)になること」「父親の権力を誇示するための弱者になること」でした。 それが当たり前だと思っていましたし、違和感も無かったです。 なかなか帰りたがらない私を学校の先生は不思議に思っていたようだけれど、そりゃ「愚痴聞き」「サンドバック」「弱者」しか役割のない場所なんて誰も帰りたくないですよね。 鷹れんにとってのココトモハウス 私にとってココトモハウスは 「二つ目の家」みたいな存在です。 過ごした年月はほんの一年ちょっとだし、それだって毎日いたわけじゃないから「一つ目の家」には時間は到底敵わないのだけれど、あの畳の上に座っていると(思わず眠ってしまうほどに笑)あたたかくて柔らかい安心感に包まれます。 そんなココトモハウスの目標は、 悩みから夢まで話せる友達が見つかる場所になること。 学校と家に居場所を失い一時は自殺まで考えた私が、今では「看板スタッフ」として、その目標を達成するためのお手伝いをすることができています。 緊張するし、うまく話せないし、人見知りするし……私はずっと、 「対面でのコミュニケーション」に向いてないと考えていました。 裏方で雑務処理している方がずっと向いてる。 そう考えていたんです。 でも実際にはそうではなくて「楽なほう」に逃げていただけなのかもしれない、と最近感じるようになりました。 それほどまでに、今の「看板スタッフ」という役割が心地いいのです。 冒頭で書いたとおり、ココトモハウスは普段12時~22時は誰でも訪れることができます。 『看板スタッフ』が常に一人以上滞在することで訪問者さんたちのサポートや「おもてなし」をさせてもらっているので、長ければ12時から22時まですることもあります。 もちろん途中でご飯を食べたりコンビニに行ったり休憩もとれますし、決して無理する必要はありませんが、「ほぼ10時間人と一緒に過ごす」というのは、誰にでもできることではないと思います。 実は先日、私もその機会がありました!(ついに!) やってみた感想は…… 「めっちゃ楽しかった!ってかもっと話したい!!」。 夜には他の看板スタッフさんと一緒だったり、訪れる方が常連さん&いい人ばっかりだったというのもあるんですが、ほぼ10時間喋りっぱなし聞きっぱなしだったにも関わらず、 まっっっっったく疲労感がありませんでした。 もちろん疲れはしたけれど、それはどちらかというと 「充足感」で、心のエネルギーが100パーセント近くまで充電できちゃったような、満ちたりた気持ちだったんです。 自分のことを認めてくれる人ばかりの空間に10時間もいれるということが、こんなに幸せなことだとは思いませんでした。

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