ブライトン の 奇跡。 ラグビーW杯 アイルランドに大金星――4年前「南ア戦の奇跡」とどっちがすごい?

にわかでもいい!オリンピック前に見ておきたい!映画「ブライトンの奇跡」

ブライトン の 奇跡

日の丸を掲げる日本人の姿が目立った かたや、過去の大会戦績が1勝2分け21敗の日本代表。 対するは、過去2度の優勝を誇る当時世界ランキング3位の南アフリカ。 誰の目にも南アフリカの勝利が明らかに見えた。 ところが、先制したのは日本だった。 相手の反則から五郎丸歩選手がおなじみのルーティンでゴールキックを決めた時から、私は夢見心地だった。 後半、五郎丸選手が目の前でトライを決めると、隣の南アフリカ人夫妻が「今まで見た中で一番美しいトライだ」と絶賛した。 気が付くと、日本サポーターによる「ニッポン」コールが、いつしか「ジャパン」コールとなって会場全体にこだましていた。 3点を追って残り時間はわずかで、日本にペナルティーゴールキックの権利が与えられた。 しかし、リーチ主将は引き分けで試合を終わらせるのではなく、逆転のトライを目指してスクラムを選択。 感動と興奮と熱狂の渦はスタジアムから世界に広がった。 あの時、日本代表が「トライ」したのは、ただの逆転勝利ではなかった。 「日本ラグビーの歴史を変える」ことだった。 南ア戦勝利が日本を救った 「平成スポーツ史 ラグビー」(ベースボール・マガジン社) このほど出版された「平成スポーツ史 ラグビー」(ベースボール・マガジン社)で、長年日本ラグビーを海外に発信しているイギリス人ジャーナリスト、リッチ・フリーマンさんは、この平成の大金星が「日本ラグビーを救った」と評する。 この頃は、2019年のラグビーワールドカップ日本大会で開幕戦と決勝戦を行うはずだった新国立競技場の建設が開幕に間に合わないことが明らかになった時期だった。 さらに、スーパーラグビーへの参入が決まったサンウルブズは選手集めが難航していた。 ラグビーワールドカップという世界的イベントの開催国として、当事者能力を疑われかねない失態が続き、統括団体「ワールドラグビー」の日本に対する不満が募っていた。 そうした中での南アフリカ戦勝利だった。 日本に対する逆風は「ブライトンの奇跡を受けて、きれいに消えた」とフリーマンさんは評する。 平成の節目を飾った神戸製鋼 同書が選んだ「平成ベストフィフティーン」には、リーチ主将や五郎丸選手をはじめ、この時の日本代表メンバーから9人が並ぶ。 ほかには、14番ウィングに「世界のトライ王」大畑大介さんが挙がる。 大畑さんのテストマッチでのトライ通算「69」は、今も破られない世界最多記録だ。 そして12番センターは故・平尾誠二さんだ。 大畑さんと平尾さんの2人が所属した神戸製鋼は平成の始まりと終わりに足跡を残した。 平成になったばかりの1989年1月10日、第41回全国社会人大会決勝で東芝府中を破り、初めて日本一の座につき、新日鉄釜石と並ぶ大会7連覇へ歩み始めた。 表彰式には入団3年目で主将に就任した平尾さんが臨んだ。 月日は過ぎて2018年12月15日、神戸製鋼は平成最後の日本選手権で18季ぶりに優勝し、名門復活を遂げた。 この時の表彰式で、前川鐘平主将は右手に優勝杯、左手に平尾さんの遺影を掲げていたことも記憶に残る。 平成ラグビーの顔 ヤマハ発動機での思い出を語る清宮監督(今年1月29日、東京都内で) 平尾さんと並ぶ平成ラグビー史の顔と言えば、清宮克幸さんがいる。 大学4年の年に平成が始まり、今年1月にトップリーグ監督を退いた。 その30年間、「すべてのステージで存在感を示し続けた」と同書はたたえる。 1989年度に早稲田大学の主将として大学選手権で優勝。 卒業後にサントリーに入社、3期目に主将となり、1995年度に神戸製鋼の連覇を7で止めた。 その後、早大監督として大学選手権で3度優勝、サントリー監督としてトップリーグ優勝(2007年度)、ヤマハ発動機のチーム強化で監督に就任し、2014年度に日本選手権優勝を果たした。 早大主将に就任した年には、外国人コーチの先駆けで、後にオールブラックスコーチになるグレアム・ヘンリーさんの指導を仰いだ。 ヤマハでは「レスリング」を練習に取り入れるなど「進取の精神」で取り組み、結果を出してきた。 大学ラグビーとトップリーグを知り尽くし、「見たいものを、見たい人が満足できるものにしていく努力をするのが大事」と、同書のインタビューに答えている。 清宮さんは現在、静岡県のラグビーワールドカップ会場となるエコパスタジアムで、女性と子どもに特化したスポーツクラブの代表理事を務める。 令和の時代に何を生み出すのか、これからも清宮さんから目が離せない。 日本人初のラグビー殿堂入りした坂田好弘さん、トンガ出身で日本で活躍する外国出身選手の先駆けとなったシナリ・ラトゥさんなど名選手をたどりつつ、日本のラグビー史をひもといている。 【 プロフィル】稲沢 裕子(いなざわ・ゆうこ) 1982年読売新聞東京本社入社。 社会部、生活部、経済部記者、ヨミウリ・オンライン編集担当から女性向けサイト「大手小町」編集長。 調査研究本部主任研究員を経て、2018年4月から昭和女子大学特命教授。 2013年6月、日本ラグビーフットボール協会の女性初の理事に就任。

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必然の選択だった15年ラグビーW杯「ブライトンの奇跡」 逆転劇にあったいくつもの伏線― スポニチ Sponichi Annex スポーツ

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「私にとっては、今この作品が試写を迎えていることが奇蹟」 エディの母、ネリー・ジョーンズを演じた工藤夕貴さんが、ギャラリーに訴えた。 2015年ワールドカップで日本が南アを破った試合、「スポーツ史上最大のアップセット」を描いた作品「ブライトン ミラクル THE BRIGHTON MIRACLE 」のリリースに伴って、プレミアム試写会が9月11日に都内でおこなわれた。 名将エディ・ジョーンズは、いかに苦境を乗り越え、不可能を可能にしたのか。 不屈の精神と勇気でボクスに立ち向かう男達に世界が震えた。 映画『ブライトン ミラクル』は、作中で叶えられる奇蹟のような物語がみる者を惹きつける。 興味深いのは、フィルムの外にも、もう一つの奇蹟があったことだ。 圧倒的存在感。 エディに扮するテムエラ・モリソンはNZ生まれ。 thebrightonmiracle. 当初は2019年1月に撮影がスタートするはずだったが、実際にカメラが回ったのは5月。 というのもこの映画、諸事情からいったん、すべてがご破算になったのだそうだ。 資金面からキャストまでが空中分解。 しかし、関係者や支援者の尽力でなんとかお蔵入りを免れた。 工藤さんが、最悪の時期を振り返る。

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「100点差で負ける」笑いものにされた日本ラグビーの逆転劇に、心奮い立つ!

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4万7000人のスタジアムの雰囲気はすごかったですね、日本ではこれまで感じたことがない盛り上がりで。 ずっと歓声が頭から降り注いできた。 「日本代表の素晴らしい逆転勝利でした。 ラグビー界でも大きな『驚き』がありました。 ただラグビー史から考えると、4年前の南アフリカ(南ア)への勝利の方がすごいんです。 過去8度のW杯でNZは3度優勝、南アは2度優勝しています。 その2カ国に唯一対抗してきたのがオーストラリアとイングランドで、他の国はなかなか勝てなかったんです。 「まずラグビーは半分格闘技なので、力の差がはっきり結果に出るんです。 例えば相撲で前頭が横綱に勝つということはあまりないですよね。 しかもラグビーは、野球のように表裏3アウトで平等に攻撃権を与えられる、ということがありません。 「ただ前回の南ア戦勝利で、一気に日本の格が上がったんです。 それは試合を組んでもらえるくらい認められたということなんです。 そして実際にフランスと引き分けたり、ウェールズと3点差までいったり、イングランドに後半20分までリードしたり……と接戦を繰り広げてきたので、今回、アイルランドも相当警戒していたんです」.

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