心 の 傷 を 癒す という こと 安 克昌。 新増補版 心の傷を癒すということ: 大災害と心のケア

新増補版 心の傷を癒すということ: 大災害と心のケア

心 の 傷 を 癒す という こと 安 克昌

読みたいところへジャンプ• 心の傷を癒すということ 概要 土曜ドラマ【 】 第1話、ご覧いただきありがとうございます。 しかし、 「心の傷を癒すということ」という著書があります。 それは、ドラマの主人公のモデルとなった実在の精神科医、 安克昌医師によるものです。 ドラマはこの著書が原案になって製作されています。 当時の様子や安克昌医師自身のことなど、遺族や関係者への取材を元に物語が完成しました。 原案書籍「心の傷を癒すということ」は、初版が2001年に刊行され、その後2011年、2019年にも増補版が刊行されています。 ドラマ放送後には入手が難しくなっており、図書館でも予約がいっぱいで借りることも難しいようです。 心の傷を癒すということ 全話あらすじ 「心の傷を癒すということ」は、各話49分、全4回放送されました。 精神科医を目指す安和隆の幼少期および学生時代から、実際に医師として活動し、若くして逝去するまでが描かれています。 精神科医になる前の1話ですら、心に響くセリフが多く登場します。 2話以降は安医師が本格的に医師として診察にあたるシーンが描かれますが、患者さんたちとの会話がとっても胸にしみるんです… 胸を打つ素晴らしいセリフが盛りだくさんです。 人の優しさと自然の残酷さ、そして感動の数々… 涙なしでは見られない物語です。 学友の湯浅 濱田岳さん と共に学ぶ日々の中で、生涯の恩師となる永野教授 近藤正臣さん に出会います。 しかし、父親 石橋凌さん には精神科医という職業を理解されず、葛藤を抱えていました。 和隆、湯浅は共に精神科医になることができました。 そして、映画館で出会った、和隆と同じく在日韓国人の終子 尾野真千子さん と結婚し、子どもも産まれます。 そんな矢先に震災が起き… 終子が「自分の名前が嫌い」と言いますが、それが伏線となり後から回収されるところに胸が熱くなります。 2話 僕たちの仕事 2020年1月25日放送 土曜ドラマ【 】 📺 第2話は、今夜9時から!! 避難所シーンは、ボランティアの方に美術・装飾の準備から参加してもらい一緒に制作しました。 細部まで、是非、ごらんください。 そこは患者で溢れていました。 ケガはもちろん、被災者たちには心のケアが不可欠です。 しかし、1995年当時、精神科医に相談をすること、神経科にかかることは偏見があったようで… 新聞記者 趙珉和さん から、震災を内側からの視点でコラムを書いてほしいと依頼を受け、和隆はそれを受けることになります。 子どもの心の傷とも向き合い、子どもたちが元気に遊び回れる場所を作ることにも尽力します。 一見不謹慎にも見える少年の 「地震ごっこ」は、震災のショックを自分なりに受け入れていくためのプロセスなのだそうですよ。 少年に 「弱いってえぇことやで」「他の人の弱いとこがわかって助けてあげられる」と優しく諭すシーンには胸を打たれます。 3話 見えない命綱 2020年2月1日放送 土曜ドラマ【 】 NHKドラマ初出演の さん🎤🌸 さんの兄役でご出演です。 この日の撮影はすごく緊張されていました。 なぜかと言うと・・・ 第3話は冒頭から、 じっくり、ごらんください。 患者の片岡心愛 清水くるみさん が、「こんな病気になったんは、私が弱いからですよね?」と問い、それに対しての和隆の返答は、作中屈指の名ゼリフではないでしょうか。 力強く「違う」と受け止め、 「生きる力が強いんや」と支えてくれた和隆の言葉に、彼女はどれだけ救われたことでしょうか。 患者の治療を続ける和隆でしたが、体調の思わしくない父のことも気になります。 父の元に、和隆は自身の著書が賞を取ったことを報告し、その著書と賞状を届けます。 確執のあった親子の関係が、ゆっくりとほどけていくのを感じる二人でしたが、穏やかな時間はあまりにも短いものでした。 和隆は新しい病院へ異動し、治療体制を憂いていた後輩医師の北林医師 浅香航大さん を招き、治療と研究の日々に燃えていました。 そんな矢先、和隆にガンが発覚してしまいます… 自分より妻を、患者を思いやる和隆でしたが、恩師の前でだけは本音で苦しい胸の内を吐露するのでした。 車椅子に乗りながらも医師としての姿勢を貫く和隆の姿勢に、周りの看護師や医師たちも胸を打たれます。 後輩の北林医師へと向けた、 「そのままでええよ」 「焦ることない」 「ゆっくり進むことで、皆が見落としたもん見つけられる人やと思う」 という言葉は、全ての人に向けられるべき素晴らしい言葉ではないでしょうか。 39歳の若さで、3人目の子どもをその手に抱くこともなく、和隆は逝去することに… しかし和隆の理想は、その志は、残された人々に受け継がれていくのでした。 自分の名前が嫌いと言った終子さんへの言葉で、 「怖い映画も、最後には絶対 『終』という字が出て自分の世界に帰ってこられる」 「そうわかってるから、耐えられる」 というものがあります。 だから「終」という字は素敵な字なんだよと、君の名前は素敵な名前なんだよと、伝えたかったんでしょうね。 和隆の人柄のわかるセリフでしたね… しかし、和隆の闘病が終わることはなく、終わってしまったのは和隆の人生そのものでした。 いつか闘病が終わるから耐えられる、そう信じたかったことでしょう… あのセリフには、そんな意味も込められていたのではないでしょうか。 心の傷を癒すということのキャスト一覧 主演の柄本佑さんは、実在の安克昌医師とそっくりで、その役作りに驚かされます。 ささやくような優しい話し方も、きっとご本人がそうだったんでしょうね。 その優しい声音に、患者さんたちも安心したことでしょう。 柄本佑(演:安和隆) ジャズを愛する精神科医。 傷つきに優しい社会を目指していた。 ガンにより、39歳の若さで逝去する。 尾野真千子(演:安終子/あん しゅうこ) 和隆の妻。 和隆亡き後、3人の子どもを立派に育て上げた。 石橋凌(演:安哲圭) 和隆の父。 在日韓国人一世で、実業家。 キムラ緑子(演:朴美里) 和隆の母。 在日韓国人二世。 森山直太朗(演:安智明) 和隆の兄。 渡米し、原子力研究に尽力する。 上川周作(演:安壮介) 和隆の弟。 濱田岳(演:湯浅浩二) 和隆の親友にして、精神科医。 和隆と共にジャズバンドを組んだ。 趙珉和(演:谷村英人) 新聞記者。 濱田マリ(演:ジャズ喫茶のママ) ジャズ喫茶のママ。 谷村美月(演:結城理恵) 和隆の患者。 内場勝則(演:校長先生) 避難所の小学校の校長。 紺野まひる(演:梓) 仮設住宅に入居する。 幼児と二人暮らし。 清水くるみ(演:片岡心愛) 和隆の患者。 急性アルコール中毒として運ばれてくるが、和隆によって多重人格との診断を受ける。 浅香航大(演:北林史也) 和隆の後輩医師。 平岩紙(演:新島聡子) 和隆の同僚の看護師。 近藤正臣(演:永野良夫) 精神医学の権威。 和隆の恩師。 心の傷を癒すということ 小ネタ 特集番組や、製作者の声などから、ドラマ「心の傷を癒すということ」の小ネタをご紹介しましょう。 ドラマの題字は、安克昌医師の手書きの文字を寄せ集めて作られた。 4話のラストシーンは、偶然、安克昌医師の命日の12月2日の収録だった。 その撮影日、12月2日は雨が降っていたが、いざ撮影が始まると雨が止んだ。 4話のラストシーンに登場した安和隆の3人の子どもたちは、安克昌医師の実際のお子さんたち。 撮影秘話を知ることで、より一層ドラマと史実に深く入り込むことができますね! 心の傷を癒すということ まとめ ドラマ「心の傷を癒すということ」と原作小説の違いなどをご紹介しました。 実際の震災をテーマにしていることもあり、多くの人の胸を打つ作品になっていることと思われます。 傷つきに優しい社会を目指した安克昌医師の想いが、数々の名ゼリフとなって作中に登場しています。 何度でも繰り返して見たくなる名作ですね。 原案著書にも目を通してみるといいのではないでしょうか。 決して人ごとではない、自然災害と人の心のあり様を考えさせられました。

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心の傷を癒すということ / 安 克昌【著】

心 の 傷 を 癒す という こと 安 克昌

神戸大震災の際に活躍された安克昌医師をモデルにしたドラマだと言う。 近藤正臣演じる永野教授が「私の考えでは精神病患者の特性はわずかな兆しを読み取る能力が長けているということ、その利点を損なわないようにすることが大切だ。 」という。 これは大変に機知に富んだ意見である。 HPSやエンパスという言葉がある。 私はたぶんその分類にあたる。 波動が明示的にわからなかった時期でさえも無意識に他人の波動が伝わっていたと思われる。 エンパスはテレパスではないので思考の中身がわかるわけではないが、感情の起伏の特にマイナスが直感で嫌なものとして伝わってくる。 道を歩いていて、大学生の女の子二人が目の前でキャーと言いながら再開を喜んで歩み寄った。 ところが片方から顔には出さないイヤーという悲鳴のようなものが、ドンと私な腹に飛び込んできた。 一人は喜びで抱きついた、相手はそれは想定していなかったのだろう。 手をとって喜ぶぐらいの距離感が良かったはずだ。 それで顔にも声にもでない悲鳴となった。 横を歩いているだけでそんなのが飛び込んでくるのは、たまったもんじゃない。 予期してないため、バリアを張るのもままならない。 今ならそれがわかるが、無意識にやっていると妙な嫌悪感だけを感じることになる。 感じすぎる人は時に生きづらさを感じるが、ひどい場合は精神疾患になってしまう。 もっとも、それが運命であり、カルマなら乗り越えるしかない訳である。 ドラマの中で、終子が和隆に公園でハグをして「充電してもいい?」としばらくハグをするシーンがある。 これは理にかなっている。 陽の気をもつ男性と陰の気をもつ女性がハグすれば、自然と気の交換が生まれる。 仙道の房中術である。 日本では房中術はセックスの技法と勘違いされているが、服を着ていても、触れなくともできる陰陽の気の交換術のことである。 気は流れを生じさせないと淀むし、高低差があれば自然と流れる。 そういえば今は単身赴任で男やもめな生活をし、オフィスでもあまり女性と関わることもない。 女っ気がないのは、気が淀みやすいということかもしれない。 (笑) カテゴリー: 、、.

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心の傷を癒すということ / 安 克昌【著】

心 の 傷 を 癒す という こと 安 克昌

そして本当の「心のケア」とは。 阪神・淡路大震災で自らも被災し、すべて手探りから始まった精神医療活動。 震災直後とその後のケア、避難所や仮設住宅をめぐる現実、救援ボランティアの役割など、心のケアに奔走した精神科医・安克昌が、被災地から発信した克明な記録。 投稿者: 青月にじむ - この本は、今のように「癒し」という言葉に手垢が付くずっと前に書かれたものである。 この親本を読んだと きは「癒し」という言葉が、とても新鮮だった。 阪神・淡路大震災をその身で迎え、直後から公的にも私的にも大変な責任と負担を負うことになる、 第一線の精神科医の、震災、およびその後の「精神」とそのケア、そして、精神を育む社会というものに ついて書いたものだ。 当事者だというのに非常に抑えた筆致で、当時のことを回想し、仕事を進めていく 様子や神戸の町々を描 いている。 勿論、精神ケアの話を中心としてだけれど、それらは決してカウンセ リングや診療によってだけ対応されるものではなく、むしろ、社会の中で生きていくこと、手を取り合っていくことでこそ癒されるものなのだ、ということを言葉を変えながら繰り返し説く。 「存在すること」による癒しはこの直前に中井久夫氏の言であると書かれているが、当事者じゃないその他大勢の人間の無力感、疎外感というのは、こういう意識で解消されるはずだと私も信じる。 体験していないのだから知らないのは当たり前だ。 知らないことを知ろうとするのではなく、体感する、という意識になるのかもしれない。 また、デブリーフィング、デフュージングという、当事者同士で心のうちを打ち明け合う活動もある。 アルコール依存の人たちの集まりなどでその存在は知っていたが、身近な人を目の前で亡くした人たちの集まり もまた、存在するそうだ。 そして街。 普段こうやって何気なく歩き、暮らしている街というものの大切さ、掛け替えの無さを知ることに なった。 それは、避難所から仮説住居に移ることを必ずしも嬉しいとは言えない、という人が複数いたこ とでも分かるだろう。 普段、長距離を異動する首都圏の人間だって、やはり自分の「縄張り」「行動範 囲」というものは存在し、それ以外のところに長時間いれば落ち着かない思いに駆られる。 ましてや、その ホームに「戻れない」人たちの絶望感は、比較にもならないものだろう。 私たちができることは、今までのできごとを風化させずに次に生かすことでしか無い。 私ごときに何ができる か、とも 思うが、何かをしなければ、確実にできごとは砂となり、風に吹かれて散ってしまうに違いない。 こ の7年間でも随分と変わってきたと思う。 しかし、全く変わらない部分もあると思う。 ことある毎にそれらを 思い出し、検証する必要があるだろう。 安さんは、21世紀を待たずにこの世を去った。 これからのことは残されたものの責任である。 日本の社会は、人間の「力強さ」や 「傷つかない心」を当然のこととしてきた。 また、バブル経済の際に、モノやカネだけが幅を利かせる、いささか品のない風潮が全国に蔓延した。 人間の心の問題などは省みられなかった。 しかし 阪神・淡路大震災によって、人工的な都市がいかに脆いものであるかということと同時に、人間と はいかに傷つきやすいものであるかということを、私たちは思い知らされた。 今後、日本の社会は、 この人間の傷つきやすさをどう受け入れていくのだろうか。 傷ついた人が心を癒すことのできる社会を選ぶのか、それとも傷ついた人を切り捨てていく厳しい社会を選ぶのか……。 投稿者: 日本経済新聞 - 阪神大震災発生後、被災者の多くが不眠や緊張感などのストレスを訴えた。 本書は避難所に集まったボランティアと共に、被災者の心の傷のケアに当たった精神科医の記録だ。 救助を求める声が耳から離れず、気を楽にすることを罪悪視する女性には、黙って話を聞くことから始めた。 肉親を失った被災者同士の対話や電話相談にも参加した。 それでも自殺や孤独死が相次いだ。 かけがえのないものを失った人々の心のケアは本当に可能か、著者の苦悩が伝わってくる。 19読了 2011. 17購入 【東日本大震災関連・その107】 東日本大震災の後、日経新聞のコラムで紹介されていたので、気になり購入していたのですが、阪神淡路大震災18年のニュースを聞いたのを機会に読んでみました。 1995年1月17日の阪神淡路大震災から、ほぼ1年間の著者の精神科医としての活動がつづられています。 日本では、精神科とか、神経科と名乗ると敬遠されてしまうので、精神科医であることは、表面に出さずに活動せざるをえなかったようです。 人間は、体の不調と同様、精神のバランスを崩すことがごく普通にあるという認識が行き渡って、精神科にかかりやすい日が来るのが望ましいのかもしれませんが、本書でも述べられているように、親が子を失った時、子が親を失った時、愛する人を失った時、の悲しみ、等は、同じような経験をした人同士の交流が最も有効な癒しになる、ということもあるようですので、精神科医の役割は、あくまでも脇役ということになるのでしょう。 日本における心のケアは、阪神淡路大震災の経験をきっかけにして、本格化したのでしょうか。 もしそうなら、この本の著者の安克昌さん、や中井久夫さんの果たした役割は大きい、ということになります。 ただ、残念なことには、安克昌さんは、2000年12月にがんのため39歳で亡くなっているとのことです。 この本の単行本は、1996年4月に作品社より刊行されています。 当面の生活維持のため気が張っているためと、あまりのショックで現実感を喪失しているために、うつ状態にならずにいるのだろう。 仕事への没頭も、一時的に喪失体験からの注意を逸らせるために必要なのだろう。 埋もれた人を助ける人手がない。 道具がない。 消火活動するための水がない。 負傷者を運ぶ手だてがない。 病院で検査ができない。 手術ができない。 収容するベッドがない。 そして、スタッフは全員疲労困憊している。 私も逃げるのが精一杯だったんです。 助けてあげられなかった。 ……それで自分を責めてしまうんです。 今も耳元で〝助けて、助けて〟という声がするんです。 誰しも自分の心の傷を、無神経な人にいじくられたくはない。 心の傷にまつわる話題は、安全な環境で安全な相手にだけ、少しずつ語られるのである。 治療を受けていないアルコール症者が多いようだったが、なかには数年間断酒していたにもかかわらず、震災後のストレスによって再飲酒し始めた人もいた。 ひどい場合には記憶を失うことすらある。 これは、衝撃から自分を守ろうとする無意識の心の働きである。 精神医学では、この反応を「解離」と呼ぶ。 一方、「否認」と言う防衛機制もある。 これは、「解離」と違ってその人が自分の体験を認めたくないことを、ある程度意識している。 これは厳粛な事実である。 だから、死別体験者の苦しみとは、この動かしようのない事実をいかにして受け入れるかという葛藤であろう。 だが死別という事実は、時間さえ立てば受け入れられるというようなものではない。 死別を十分に悲しむという作業 「グリーフワーク」と言う がまず必要である。 そして葛藤の中で考え、感じ、話すことによって、喪失は受容されていくもののようである。 また私の知人は、大阪にある職場で「いつまで甘えてるんや」と言われてひどく傷ついたと言っていた。 この後は、「自力」だけで立ち直っていかなくてはならないのだろうか……。 周囲の大人が発見して初めて顕在化するのである。 内訳は、韓国・朝鮮百十一人、中国・台湾四十四人、アメリカ二人、ペルー一人、ブラジル八人、フィリピン二人、オーストラリア一人、ミャンマー三人、アルジェリア一人などとなっている。 21 「大震災復興への警鐘」内橋克人・鎌田慧著、岩波書店、1995. 17 「神戸発阪神大震災以後」酒井道雄編、岩波新書、1995. 20 「災害救援」野田正彰著、岩波新書、1995. 20 「わが街」野田正彰著、文芸春秋、1996. 20 「神戸震災日記」田中康夫著、新潮文庫、1997. 01 「ヘリはなぜ飛ばなかったか」小川和久著、文芸春秋、1998. 10 「復興の道なかばで」中井久夫著、��すず書房、2011. 10 「阪神・淡路大震災10年」柳田邦男著、岩波新書、2004. 21 2013人2月15日・記 (「BOOK」データベースより) 1995年1月17日未明、震度7という激震が阪神・淡路地方を襲った。 全てが手探りの状態で始まった精神医療活動、発症する数々の精神障害、集まった多くのボランティア、避難者や仮設住宅の現実…。 震災がもたらした「心の傷」とは何か? そして本当の「心のケア」とは何か? 被災地から届けられた、「いのちとこころ」のカルテ。 第18回サントリー学芸賞受賞作。 良い意味で期待を裏切る作品。 震災後の心のケアに関する名著間違いなし。 NHK のドラマに感動し原作を読みました。 作者の安克昌氏は2000年12月2日、肝細胞がんのため39歳で逝去。 ドラマは筆者の生涯を描いてた。 本書は筆者の遺した震災の貴重な記録。 期せずして被災者としてかつ救護者の身となった精神科医。 日本ではさほど注目されていなかった惨事ストレスに関する初期研究であろう。 被災者でなければ書けなかっただろう。 筆者の短かった生涯を知らずとも名著の部類に入るだろう作品。 ドラマの感動とはまた違った感動がここにありました。 もちろん少しはそのことが書かれていたが、大半は阪神淡路大震災直後から1年後あたりまでに著者が経験したこと、そしてその中で心の傷を癒すということを改めて考えていく様子であった。 著者の考えをまとめると以下のようになる。 震災において、心に傷を負うということは当然のことだ。 そして、その傷を癒すためには医者だけでなく、周りの人たちが持続的に粘り強く寄り添っていく必要がある。 つまり、これさえあれば治せてしまうような医療技術は存在せず、また医者がどれだけ努力したとしても限界があり、社会や周りの人たちの協力が大切だということだ。

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