自己 愛 性 パーソナリティ 障害。 自己愛性パーソナリティ障害

自己愛性人格障害 顔つき|男性・女性

自己 愛 性 パーソナリティ 障害

Contents• 自己愛性パーソナリティ障害者の診断は心療内科へ 自己愛性パーソナリティ障害の診断と治療方法は、主に心療・精神科で行なっています。 心療内科とは、精神症状や心理的要因からくる身体症状などの治療を行う病院で、うつ病やパニック障害、強迫性障害などの治療をしています。 自己愛性パーソナリティ障害の人は、この心療科や精神科で診断されたあとは精神治療をメインに行っていきます。 この精神治療は大きく分けて2種類あり、 個人で行なう療法と 集団で行なう療法があります。 そして、この2種類の治療法から医師が患者の症状などに合わせて行なってきます。 自己愛性パーソナリティ障害者と医師が向き合う治療方法は4つ 個人で行なう療法は、自己愛性パーソナリティ障害の患者と医師と向き合う形のスタイルです。 この治療法には4つあります。 精神分析的精神療法• 支持的精神療法• 認知療法• 対人関係療法 1つ目は「 精神分析的精神療法」です。 これは医師と患者が面接する形式で行なうことが多く、患者自身が現実を分析する力と自分の心と向き合っていく療法です。 そのため、自己愛性パーソナリティ障害の方が、自分の考えや言動について省みることができる力が必要となります。 2つ目は「 支持的精神療法」になります。 最もスタンダードなカウンセリングです。 自己愛性パーソナリティ障害者の不安や悩みからくる苦しみ、辛さを共感することで、症状をやわらげて行く治療です。 この療法は特別な治療ではなく普段の治療のベースとなるので、治療に欠かせない患者と医師の良好な関係を築くうえで不可欠でもあります。 3つ目は「 認知療法」で、うつ病によく行なわれるのでポピュラーな療法です。 療法としては、誤った信念や歪められた思考パターンを修正して行くやり方です。 自己愛性人格障害者の場合は、その患者の物事の捉え方や考え方の歪みを直したり、具体的な対処法を身につけていきます。 自己愛性パーソナリティ障害者の療法としては、有効な治療と言われています。 最後に「 対人関係療法」です。 いかに対人関係を改善していくかを重点として治療を行なってきます。 ある関東のクリニックでは、うつ病の 効果が実証されて、さらにその後他の精神科的疾患に対しての 効果も確認されていると発表しています。 自己愛性パーソナリティ障害者が集団で行なう治療は3つ 集団で行なう治療は、基本、複数の患者が集まってそれぞれの抱える心の問題を話し合います。 そして、自分の心の問題を客観的に認識し、同時に困難な状況を乗り越える方法や技能を身につけることを目指していきます。 この集団で行なう治療法には3つ種類があります。 集団精神療法• 家族療法• 夫婦療法 1つ目の「 集団精神療法」は、上記で紹介した内容です。 この療法は同じ悩みを共有することによって、孤独感を緩和することができることが効果の1つとも言われています。 2つ目の「 家族療法」は、自己愛性人格障害者とその家族で行なう治療です。 イメージで言うと、自己愛性人格障害の家族の中に医師が入り、家族会議を行なうスタイルです。 治療法としては、家族内で起こる様々な問題を患者自身と家族で問題を解決できるスキルを身につけれるように行ないます。 家族間の問題をしこりのように残こしたままにせずに解決できることが目標にしている治療法なので、問題の原因や犯人を捜すことはしません。 3つ目の「 夫婦療法」は、夫婦で行なうカウンセリングです。 主に夫婦の関係が破綻している、しかけている方たちに用いられます。 治療法は家族療法と似ており、夫婦関係に関係する様々な葛藤や問題を解決に向けて行うスタイルで、夫婦が自分たちの関係性を見つめ直す良い機会になります。 自己愛性パーソナリティ障害の治療は薬の処方ある 自己愛性パーソナリティ障害者の治療として必ず精神療法を行ないますが、併せてほかの治療も行ないます。 たとえば、薬の処方や入院、生活、行動の療法などです。 その中で多く併用されるのが薬物療法になります。 それは、薬によって自己愛性人格障害者のつらい症状を和らげ、さらに有効な精神治療へ繋げれるからです。 自己愛性パーソナリティ障害者の処方薬は坑うつ薬など5種類 自己愛性パーソナリティ障害者の薬物療法は、症状に合わせて様々な安全な薬が医師から処方されます。 主な薬は5つあります。 抗不安薬は即効性がある反面、依存性や抑制解除作用が出ることがあるので、できるだけ避けたい薬でもあります。 自己愛性パーソナリティ障害者に合った治療が効果がある 自己愛性パーソナリティ障害者の治療は、• 心療内科、精神科で行なっている• 医師に個々で話しを聞いてもらう治療や団体で行なう治療法がある• 薬の処方もある この3つを押さえておくと、治療方針の軸が分かるようになります。 ただし、自己愛性パーソナリティ障害者の治療は確固たる治療法はありませんので、患者に合わせて他の方法を実施する病院もあります。 自己愛性パーソナリティ障害者の治療法は、難しいと言われています。 このことから、長い年月をかけて本人に合った治療法を行なっていくことが一番の効果と言われています。 では、次にコチラを目に通しましょう。 知っておいて損はしません。

次の

上司が「自己愛性人格(パーソナリティ)障害だったら

自己 愛 性 パーソナリティ 障害

自己愛性パーソナリティ障害(じこあいせいパーソナリティしょうがい、: Narcissistic personality disorder ; NPD)は、ありのままの自分を愛することができず、自分は優れていて素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込むの一類型である。 DSMでは クラスターBパーソナリティー障害に分類される。 診断は専門家による面接によって行われる。 鑑別疾患としてとがある。 精神療法は、患者はたいてい自分が問題であるとは認識していないため、多くは困難である。 女性よりも男性に多く、また老年者よりも若者に多い。 このパーソナリティーは1925年にロバート・ウェルダーにより初めて記され、1968年にNPDとの用語が使われるようになった。 自己愛性パーソナリティ障害の症状• 人より優れていると信じている• 権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす• 業績や才能を誇張する• 絶え間ない賛美と称賛を期待する• 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する• 人の感情や感覚を認識しそこなう• 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する• 人を利用する• 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる• 嫉妬されていると思い込む• 他人を嫉妬する• 多くの人間関係においてトラブルが見られる• 非現実的な目標を定める• 容易に傷つき、拒否されたと感じる• 脆く崩れやすい自尊心を抱えている• 感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える によって描かれたナルキッソス これらの症状に加え、自己愛性パーソナリティ障害の人物は傲慢さを示し、優越性を誇示し、権力を求め続ける傾向がある。 彼らは称賛を強く求めるが、他方で他者に対する共感能力は欠けている。 一般にこれらの性質は、強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛によるものと考えられている。 自己愛性パーソナリティ障害の症状は、高いと自信を備えた個人の特徴とも似通っていると捉えることができる。 そこに違いが生じるのは、これらの特徴を生み出す、基底にある心理機構が病理的であるかどうかである。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は人より優れているという固有の高い自己価値感を有しているが、実際には脆く崩れやすい自尊心を抱えている。 批判を処理することができず、自己価値観を正当化する試みとして、しばしば他者を蔑み軽んじることで内在された自己の脆弱性を補おうとする。 痛ましい水準の自己価値観を有する他の心理学的状態とは対照的に、的な性格を特徴づけるのはまさにこの所以である。 幼少期における高い自己意識と誇大的な感覚はナルシシズムには特徴的なものであり、正常な発達の一部である。 概して児童は、現実の自分と、自己に関して非現実的な視点の元となる理想自己との間にある違いを理解できない。 8歳を過ぎると、自己意識にはポジティブなものとネガティブなものの両方が存在し、同年代の友人との比較を基盤にして発達し始め、より現実的なものになる。 自己意識が非現実的なままで留まる原因として二つの要素が挙げられており、機能不全の交流様式として、親が子に対して過度の注意を向けること、あるいは注意が過度に不足していることのいずれかが挙げられる。 その子どもは注意もしくはケアの不足により生じた自己の欠損を、誇大的な自我意識という手段で埋め合わせようとするだろう。 力動的な児童精神科医の多くは、自己愛性パーソナリティ障害は学童期までには同定できるという。 また幼児期の不安定な養育はの確立を阻害し、安心して一人でいること(孤独)を楽しんだり、一人でくつろぐことを困難にする傾向がある。 児童期ナルシシズム測定(CNS)尺度によると、自己愛的な子どもは他者によい印象を与え、称賛を得ることを求め続けるが、誠実な友情を形作ることにいかなる関心も持たないと結論づけられた。 CNSの研究者達は、児童期のナルシシズムは西側社会においてより優勢に見られることを測定した。 過度に個人を称賛することに焦点を当てたいかなる活動も、自己愛的な側面を強めうる。 ナルシシズムを先鋭化させる、あるいは保護する因子を発見する更なる調査が求められている。 強迫 [ ] (強迫神経症)の形成には生物学的基盤をもつものから心因性疾患として生じるものまで様々なルートが存在するが、その一つに自己愛性パーソナリティ障害が挙げられる。 は、は今日もっともよくみられる性格であり、すべてをコントロールしようとし、それが可能であるという万能的な自己像をもつ点が特徴であることを指摘している。 強迫とは、同じ思考を反復せざるを得ないと、同じ行為を繰り返さざるを得ないを指すが、これらの症状の背後には強迫症者の持つ自己不全感が関与している。 行為や思考を強迫的に反復して完全を期すことは、自己不信という根源的不安を防衛し、自己の完全性を維持することへと繋がる。 現実に直面して敗退した自己愛性パーソナリティ障害の人物は、退却して仮想の世界で万能的自己を維持しようと試みる。 現実との関わりを避け、決断や実行を回避し、ひきこもることで自己の栄光を維持しようとする。 それは、何もしないでいれば、何でもできる可能性の中にとどまっていられるからである。 が軽減・消退した直後に抑うつが生じるのは、尊大な自己像が揺さぶられ、現実の自己を受け入れなければならなくなることへの反応であり、強迫は抑うつに対する防衛として機能している。 恥(羞恥心)との関連 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害の人物は概して恥をかくことをひどく恐れる。 のアンドリュー・モリソンは、やの感覚は自己愛の傷つきによって生じる感情と捉えた。 初心者が犯しても問題にならないような初歩的なミス(たとえば将棋の二歩など)を、専門家が犯すとひどく恥ずかしく感じるのは、相応に高い自負心を持つ当人にとっては、それはあってはならないことだからである。 すなわちプライドが高ければ高いほど、自己愛が先鋭化しているほど、失敗した際の恥の感覚はより一層強まる。 恥の体験のしやすさと自己顕示的傾向は相関しており、恥の感情と自己愛が表裏一体の関係にあるといわれるのはこの所以である。 聴衆のいるスピーチ、歌唱、演技(舞台)などの状況下においては、通常は他人に見せたい自分、見せてもよい自分が注意深く選択され表現されていくが、声の震えや発汗、顔面のこわばりや紅潮などはの支配下にあるため、意識ではコントロールできない予期せぬ反応が生じることがある。 自己表現を生業としない大多数の人にとって、こうした状況は見せたくない自分がいつ漏れ出すか分からない、非常に緊迫した状況となる。 プライドの高い人間が最も避けなければならないのは、狼狽する自分の姿が衆目に晒されることであり、他人から認められたいという人一倍強い欲求が、彼らを圧倒して強い緊張を生みだし、それはやがて恐怖感となって彼らを覆うようになる。 やをわずらう人もまた、自己愛の病理を抱えている。 自己愛性パーソナリティ障害の中でも過敏なタイプは、恥の感情に特徴づけられ、強い羞恥心と対人恐怖的な性格を有している。 自己愛性パーソナリティ障害の原因となる因子• 生来の過度に敏感な気質• 現実に立脚しない、バランスを欠いた過度の称賛• 良い行動には過度の称賛、悪い行動には過度の批判が幼少期に加えられた• 親、家族、仲間からの過剰な甘やかし、過大評価• 並外れて優れた容姿、あるいは能力に対する大人からの称賛• 幼少期の激しい心理的虐待• 予測がつかず信頼に足らない親の養育• 親自身の自尊心を満足させるための手段として評価された いくつかの自己愛的な特徴はありふれたもので、正常な発達段階においても見られる。 これらの特徴が人間関係の失敗によって複合的なものとなり、成人期にまで持続し続けると、症状が最も激しくなった時点で自己愛性パーソナリティ障害と診断されることになる。 この障害の原因は、の言葉で言えば、発達上の早期幼年時代への固着の結果であるとする精神療法家もいる。 病理的なナルシシズムは重症度の連続体の中に生じる。 その中でも極端な形のものが、自己愛性パーソナリティ障害である。 自己愛性パーソナリティ障害は、自分は人に根本的に受け入れられない欠陥があるという信念の結果によるものと考えられている。 この信念は無意識下に保持されているため、そのような人は、もし尋ねられても、概してそのような事実を否定するであろう。 人が彼らの不完全性(と彼らが思うこと)を認識し、それに続いて耐え難い拒絶や孤立が生じることを防ぐために、その様な人々は他者の自分に対する視点と行動を強力にコントロールしようとする。 病理的なナルシシズムはの世話役である親との関係性の質の低下によって発達することがあり、そのような関係性においては、両親は健全で共感的な愛情を彼らに与えることが出来なかった。 その結果として子どもは、自分が人にとって何の重要性も持たず、関係性もないと認識してしまう。 このような子どもは概して、自分には価値が無く、誰にも必要とされないというパーソナリティ上の欠陥をいくらか有していると信じるようになる。 病理的に自己愛的である限りにおいて、彼らは操作的で、非難がましく、自己没頭的で、不寛容で、人の欲求に気がつかず、自分の行動の人への影響を意識せず、他者に対し自分が望むように自分のことを理解するよう強く主張する。 自己愛的な人物は、他者を犠牲にして自分を守るための様々な戦略を用いる。 彼らは他者をし、非難し、傷つける傾向がある。 また彼らは怒りと敵意を持って、脅迫的な反応で応じる。 過度に自己愛的な人物は概して、批判されたときは拒否され、屈辱を与えられ、脅かされたと感じる。 これらの危険から自分を守るために、現実あるいは想像上のものにかかわらず、いかなるわずかな批判に対しても、彼らはしばしば軽蔑、怒り、あるいは無視などで反応する。 そのような状況を避けるために、自己愛的な人の中には、社会的にひきこもって内気で謙虚であるように装うものもいる。 自己愛性パーソナリティ障害の人物が、称賛・是認・注目・肯定的態度が不足していると感じた場合には、彼らは自身が脅かされたという感情をはっきりと示すことがある。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、しばしば野心的で有能なことがあるが、挫折や反対意見、批判に我慢強く耐える能力がなかったり、加えての不足が、人と協調的に仕事をすることや、長い期間を要する専門的分野での成果を保持することを困難にしている。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、現実離れなほど誇大的に自己を認識しており、しばしば気分を伴って、概して現実の業績に不釣り合いな認識でいる。 分裂 [ ] カーンバーグによる病的な自己評価の調節図 誇大的・万能的自己と無能的・無価値的自己に分裂している 自己愛性パーソナリティ障害と診断された人々は、中心的なとして()を用いる。 のは「現実の自己が一方にあり、他方に理想自己と理想対象があり、それらの間にある通常の精神的緊張はうず高く築かれた自己意識により排除され、そのような状況の中で現実の自己と理想自己、理想対象が曖昧になっている。 それと同時に、受け入れられないイメージの残余部分は抑圧され、外界の対象にされ、それらはされる」 と指摘している。 うず高い自己意識と現実の自己の結合は、自己愛性パーソナリティ障害に内在する性の中に見られる。 また、これらの過程に固有の防衛機制は、・・である。 他の人びとは、唯一の役割である賞賛と是認を与えることで奉仕する、彼らの延長として操作された人々であるか、あるいは自己愛者のと共謀することが出来なかったために、価値がないと見なされた人々のどちらかである。 境界性パーソナリティ障害の人格構造は良い自分と悪い自分に分裂していて、灰色の自分が存在しないのに対し 、自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は誇大的自己と無能的自己に分裂しており、真の自己である等身大の自分が存在しないのが特徴である。 羨望 [ ] によって描かれたねたみの感情に囚われた夫人 (jealousy)と(envy)は、通俗的には同じような意味を持つ言葉として用いられるが、心理学的には異なる2つの感情である。 羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている。 対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である。 羨望はよい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない。 この点において、羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、破壊衝動である。 自己愛性パーソナリティ障害の人物は、自分がほしいのに得られなかったものを持っている人をみたとき、激しい羨望に駆り立てられ、よいものを所有していることをねたみ、憎み、批判し、破壊しようとする。 羨望と万能感に結びついた激しい攻撃性は、自己愛性パーソナリティ障害の重要な性格標識の一つである。 健康な発達過程においては、羨望の破壊性が受け止められ、そこから生じる罪悪感や抑うつを十分に体験し次第に羨望の感情を統合していく。 羨望と破壊衝動に結びついた万能感は次第に減少していき、それに伴い分裂排除されていた愛情と感謝への能力が解放されるようになっていく。 自らの建設的なと、愛情への信頼感が、次第に羨望を減少させ、感謝の感情がやがて永続的なものへと変化していく。 自己愛的な人物は、羨望が処理された後に発達するこうした感情が未発達な傾向がある。 をはじめとするクライン学派は、羨望の精神病理と軽躁的パーソナリティを生みだすが、自己愛性パーソナリティ障害を構成する中核部分であることを強調した。 構造 [ ] 病理的な親は自分の延長物として子どもを利用する。 常に上を目指すよう励まし、人より優れることを期待する。 期待に沿う限りにおいて子を甘やかし、賞賛するが、出来ないときには失望し、怒りを表出する。 自身のによって子を振り回すのである。 こうした期待の内実は親自身のであり、子供の事を自分を飾る道具、所有物、モノとして扱っているにすぎない。 親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる。 そうした子どもは物を介して甘やかされてはいても、信頼と受容の関係という甘えることを体験していない。 輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。 無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。 自己不信を中核とした自己意識は常に悪性のを生み出し続ける。 自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような、等価の価値のある自分を発展させて自己をバランスしようとする。 甘えを断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている。 そしてその内部には愛されないことへの不安と怒り、嫉妬と羨望の感情が渦巻いている。 内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚によって成立する。 自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。 収入、学歴、職業、地位、才能、ブランド、優れた容姿、スリムな体型などはその代表的なものである。 周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。 輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。 外的価値は結果を出すことでしか得られないため、プロセスはなんの意味も持たなくなる。 結果主義は勝ち負けの世界を用意し、必然的に嫉妬と羨望を呼び起こす。 等身大の自分を持ち合わせていない彼らは、優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係をつくることが困難になる。 早期に自立を期待され、甘えを封印してきた彼らは、子ども時代を積み残したまま次の発達段階へと進んでいく。 誇大的自己は自己不信の裏返しであり、これは一種のでもある。 マスターソンは、「自己愛パーソナリティ障害の精神内界構造は、誇大自己表象と万能対象表象から成り立っているが、この両者は融合して一つの単位となり、継続的に活性化されて、基底にある攻撃的な、あるいは空虚な対象関係融合単位に対して防衛している。 このように絶えず活性化されているので抑うつを経験することが少ないのである」 と述べており、誇大的自己は抑うつを防衛するために機能していることを指摘している。 誇大的自己が意識にのぼっている時にはエネルギーに満ち、軽躁的な活動性を示す。 それに対して無能的自己が持続する状態に陥った時には、深い無力感、空虚感にとらわれ、絶望的な抑うつの海へと沈みこむ。 自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は、誇大的自己と無能的自己のあいだで振幅運動を繰り返すところにある。 こうした2つに分極した自己構造を持ち、中間にある等身大の自分が存在していない。 失望や失敗をきっかけに無能的自己へと転落して激しい抑うつを体験する一方で、自己評価を高めるような出来事を体験すると誇大的自己へと復帰する。 適応が上手くいっている時には問題がないが、現実が思う通りにならず破綻をきたした時に露呈する感情は、激しい怒り、強烈な羨望、無力感、無価値感、空虚感、孤独感であり 、それは自己不信にまみれた人間の抱く感情でもある。 やの人物も同様の構造を抱えている。 分裂した自己像を抱える人物は交代性にその一方を生きるが、優れた・よい自分が持続している時は身体も優れた・よい身体と体験され、劣った・悪い自分が固定化されると身体も劣った・悪い自分として体験される。 ボディイメージの歪みの背後には底知れぬ自尊心の欠如があり、それはありのままの自分には何の価値もないという幻想に由来している。 や極端な拒食は、現実で価値の獲得に失敗し、無条件には愛されない無価値な自分が生みだす深い抑うつを、輝く理想的な自分を実現することで振り払おうとする懸命の努力であるといえる。 類型 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害の分類について、現代に至るまでに多くの報告がなされている。 は自己顕示型(exhibitionistic)と引き出し型(closet ; 臆病な型) に、ブロウセックは自己中心型(egotistical)と解離型(dissociative) に分類した。 バーステンは賞賛を過剰に求める渇望型(craving)、猜疑的で自分が一番と妄想する妄想型(paranoid)、活発だが傲慢な男根型(phallic)、物事をねじまげ人を操る操作型(manipulative) の4型を指摘した。 は厚皮(thick skinned)と薄皮(thin skinned) に、ウィンクは顕在型(overt)と潜在型(covert) へと分類した。 2つのタイプ [ ] 数多くの報告が成される中で、自己愛の病理は次第に顕在型と潜在型という2つのタイプに大きく型分けされるような障害として認知されてきた。 それらの諸特徴を的に記述し、包括的な報告を行ったのがである。 自己愛性パーソナリティ障害を顕在型である 無関心型(無自覚型 ; oblivious)と、潜在型である 過敏型(過剰警戒型 ; hypervigilant) の2つに型分けしたギャバードの分類は、現代において広く受け入れられている。 これらの表現型の違いは、彼らの持つ誇大的自己が内的にどのように処理されるかによって、その現れ方が変わってきたものと理解される。 2つのタイプの対比表は以下である。 自己愛性パーソナリティ障害の2つのタイプ 無関心型 無自覚型 oblivious type 過敏型 過剰警戒型 hypervigilant type 1. 他の人々の反応に気づかない 2. 傲慢で攻撃的 3. 自分に夢中である 4. 注目の的である必要がある 5. 「送話器」はあるが「受話器」がない 6. 見かけ上は、他の人々によって傷つけられたと感じることに鈍感である 1. 他の人々の反応に過敏である 2. 抑制的、内気、表に立とうとしない 3. 自分よりも他の人々に注意を向ける 4. 注目の的になることを避ける 5. 侮辱や批判の証拠がないかどうか他の人々に耳を傾ける 6. 容易に傷つけられたという感情をもつ。 羞恥や屈辱を感じやすい G・O・ギャバード(1997) は歴史的にカーンバーグによって記述された攻撃的、顕在的、外向的なタイプを診断基準に組み入れて強調しており、誇大的な自己愛性パーソナリティ障害をかなり正確に記述している。 しかし同一の感情的・認知的特徴と精神力動を有する潜在型の自己愛性パーソナリティ障害はほとんど無視されてしまっており、現実の臨床使用においては部分的にしか役に立たないことをギャバードやクーパーらは指摘している。 回避傾向を持つ群 [ ] 騒々しく見栄っ張りで、傲慢で人を利用するという明確な自己愛性パーソナリティ障害の人物像とは対照的に、過度に傷つきやすく、失敗を恐れ、恥をかかされることを心配するために人前に出ることを避ける過敏なタイプの自己愛性パーソナリティの人々がいる。 彼らは周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。 批判的な反応にはとても過敏で、容易に侮辱されたと感じる。 人に非難されたり、欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自己の万能世界を築きあげようとする一群である。 自分は拒絶され軽蔑されるだろうと確信しているために、スポットライトを浴びることを常に避ける。 表面的には内気で抑制的に見えるが、その実、精神内界には誇大的な幻想を抱えており、自己愛的活動の大部分を空想の中で行い、それを人に知られないようにしている。 彼らの内的世界の核心には、誇大的で顕示的な秘められた願望に根ざした、強い羞恥心がある。 一見すると慎み深く、ときに深く共感的に見えることもあるが、それは他者に純粋な関心があるように見せたいという彼らの願望を取り違えているだけである。 彼らは自分の心的防衛の最終段階にある抑制的な行動しか目に入らず、自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間であり、当然受けるべきものも得られない性格だと考えていることがある。 現実には持続的な人間関係を持つことが出来ず、共感性の欠如を示し、内に秘めた誇大的な自己像は慎重な面接を繰り返していくことで徐々に明らかになっていくのが、潜在型のナルシストの特徴である。 は(DSM)において、自己愛性パーソナリティ障害の人物は批判や挫折に伴う傷つきに非常に敏感なため、の人々にも見られることを報告している。 グレン・ギャバードは、潜在型の自己愛性パーソナリティ障害の人々はやと多くの点で関連していることを指摘している。 また牛島は、現代の操作的診断基準(DSM)においては顕在型の傲慢なタイプは自己愛性パーソナリティ障害と診断されるが、潜在型の過敏なタイプは回避性パーソナリティ障害(あるいは)と診断されてしまうことが少なくないと述べている。 これらは精神力動的には同じもので、単なる表裏の問題に過ぎず、背景にある自己愛性の問題を把握することが必要であることを指摘している。 また丸田は、典型的な症例は無関心型と過敏型の特徴のどちらかを示すが、臨床的にはほとんどが両者の混合型であり、ひとつの症状軸である「他者の反応に意を介さない vs 他者の反応に対して非常に敏感」を取り上げても、その反応は振り子の両極のように大きく揺れ動くのが特徴(健康な人は揺れが少ない)という点を指摘している。 現実の自己愛性パーソナリティ障害は、ギャバードの分類した無関心型の極から過敏型の極へと至る線上のいずれかにプロットされると考えられる。 その他の分類 [ ] は自己愛人格に見られる特徴を描写し、それらを5つのとして分類した。 臨床的にはどのサブタイプにおいてもその純形はほとんど見られず、特徴は少なからず重なり合っているのが普通である。 自己愛性パーソナリティ障害の5分類 分類 概要 人格特性 反道徳的ナルシスト 特徴を含んでいる。 搾取的で、不実で、人をだます、無節操なペテン師という人物像をもつ 良心に欠けている。 無節操で、道理に無関心であり、不実で、詐欺的で、人を欺き、傲慢で、人をモノのように扱う。 支配的で、人を軽蔑し、執念深い詐欺師である 多情型(好色的)ナルシスト 特徴を含んでいる。 者(多情で誘惑的)であり、エロティックで魅惑的な自己顕示的人物である 性的に誘惑的であり、魅惑的で、心を引きつけ、思わせぶりである。 舌のよく回る巧みな人物であり、快楽主義的な欲望に耽るが、本当の親密さにはほとんど無関心である。 貧乏な人やうぶな人を魅了し、意のままに操る。 病的に嘘つきで、人を騙す 代償的ナルシスト な特徴を含んでいる。 また、過敏でな特徴を有している 自尊心の欠如および劣等感を中和あるいは相殺することに努める。 すなわち、自分は優れており、特別で、賞賛されるべきであり、注目に値するという幻想を生み出すことで自己の欠損をバランスしようとする。 それらの自己価値感は自身を強調した結果生まれたものである エリート主義的ナルシスト 純粋なタイプである。 の男根期的自己愛性格に相当する 偽りの業績や特別な子ども時代の体験のために、自分は特権的で、特別な能力を有すると信じている。 しかし、立派な外見と現実との間に関連はほとんどない。 恵まれた、上昇気流にのった良好な社会生活を求め、人との関わりにおいては特別な地位や優越が得られる関係を築こうとする 狂信的ナルシスト な特徴をもつ 自尊心はひどく幼少時代に捉われており、普段から誇大妄想的傾向を示し、全能の神であるという幻想を抱いている人物である。 自分は重要ではなく、価値が無いという幻想と戦っており、素晴らしいファンタジーを夢想すること、あるいは自己鍛錬を通じて、自尊心を再確立しようと試みている。 他者から是認や支持を得ることができない時には、壮大な使命を帯びた英雄的で崇拝される人物の役割を担おうとする セオドア・ミロン(2003) 共通特徴 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害は、対人関係における搾取的行動、共感性の欠如、激しい羨望・攻撃性・自己顕示欲という諸々の特徴を示す。 彼らの持つもう一つの側面は、その傷つきやすさである。 意識的なレベルでは、それは無力感、空虚感、低い自尊心、羞恥心に由来するものである。 それは彼らが求めたり、期待する支持が与えられない状況や、自己主張が不可能なために退避するような状況において、親しくなることを回避するという行動で表現されることがある。 自己愛の病理は軽症から重症まで連続的な広がりをもち、その自己表現形式も多様である。 診断基準 [ ] は、特定のパーソナリティの特徴が成人期早期までに明らかになっており、薬物やストレスなど一過性の状態とは区別されている必要がある。 臨床的に場合は、正常なパーソナリティである。 DSM-IV-TR [ ] (空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。 以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)• 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。 過剰な賛美を求める。 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)• 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。 しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。 尊大で傲慢な行動、または態度 — 、DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル ICD [ ] ()が発表するにおいては、自己愛性パーソナリティ障害は()に分類されており、個別の診断基準を有していない。 ICD-10はまた、いかなるパーソナリティ障害の診断においてもパーソナリティ障害のを満たすことを求めている。 鑑別診断 [ ] 非精神病性のは、等しくの問題を抱えている。 、、 、は疾病論的にはDSMにおけるからまでの線上に位置し、これらは精神力動的には自己愛の障害という幅広い領域を形成している。 自己愛的な傷つきに対して激しい怒りを持ち、また傷つくことを怖れ、空想的な理想と現実の自分との間で葛藤を抱えている人々である。 表徴の背後にある、構造を見通す眼が求められる。 他のパーソナリティ障害 [ ] 元々同一の概念から誕生した経緯もあり、自己愛性パーソナリティ障害と他のパーソナリティ障害は重複する部分も多い。 特にパーソナリティ障害クラスターB群(境界性、反社会性、演技性)や、回避性パーソナリティ障害などとは重なりあう部分も多く、今後の研究によって、診断基準自体が大幅に変化することもあるだろう。 境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害の連続性については多くの指摘がなされている。 との境界領域にある疾患群の総称がであり、神経症側に近いものが自己愛性パーソナリティ障害、他方の極に近いものが境界性パーソナリティ障害であると、は指摘している。 または、境界例患者は治療が進むと自己愛性パーソナリティ障害様の機能や能力を獲得することがあると述べている。 はこれら2つの障害に明確な境界を設けておらず、境界例患者でも自己を保てていれば自己愛性に近くなり、安定性を保てなくなると境界性様の症状が発現することを指摘している。 現代精神医学においては、境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害を連続的なもの、すなわちとして捉える見方が大勢となっている。 以下に他のパーソナリティ障害との鑑別点を示す。 妄想性パーソナリティ障害 は、通常その疑い深さと社会的ひきこもりによって自己愛性パーソナリティ障害とは区別される。 これらの特性が自己愛性パーソナリティ障害にも見られる場合、それは主に自己の不完全さや欠陥があらわになることへの怖れから生じるものである。 境界性パーソナリティ障害 では、対人関係において支持への要求を顕著にあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。 自身を否定された時の過敏性は共通している。 境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、尊大であり自己評価も高い。 演技性パーソナリティ障害 は感受性が強く、情緒に富み、誘惑的だが、自己愛性パーソナリティ障害は冷淡で、共感性に欠け、賞賛を求める。 自己愛性パーソナリティ障害は社会的評価の低下を伴ってまで他者の関心をひこうとはしない。 反社会性パーソナリティ障害 と自己愛性パーソナリティ障害は人を利用し、表面的で、共感性を欠くという点で共通しているが、反社会性パーソナリティ障害は賞賛を必要としない。 自己愛性パーソナリティ障害は衝動性・攻撃性を必ずしも有しておらず、社会的制裁を被るような行為障害や犯罪の既往は通常見られない。 回避性パーソナリティ障害 は理想的(誇大的)自己と無能的自己に分裂し、等身大の自分が欠如しているという自己愛性パーソナリティ障害と同様の構造を有しているが 、自己愛性パーソナリティ障害における無能的自己が強力に否認・抑圧され、認識されていない状態とは異なり、回避性パーソナリティ障害はその両者が意識化されている。 そのため激しい怒りや嫉妬の感情が表面的にはコントロールされており、より高次の機制が用いられている。 治療 [ ] 治療の中心はである。 は抑うつ症状等に対するとして行う。 病理学 [ ] 自己愛性格者および自己愛性パーソナリティ障害に対する治療的試みは、、、、、によるものが広く知られている。 は、現代の疾患単位でいえば自己愛性パーソナリティ障害の人々が含まれるの治療を行っていたが、これらの患者にはが生じず、しか生じないため、では治療できないと結論づけていた。 は、自己愛性パーソナリティ障害の人物もまた見捨てられ抑うつを抱えており、分離不安や共感の失敗が万能や価値下げなどの防衛を導くと指摘した。 また対象表象があたかも自己表象の構成部分であるかのように行動すること、幼児期の誇大感と万能感を維持し続けていることから、の発達理論における分離個体化期において発達停止が生じていると分析した。 治療においては、自己愛の脆弱性を積極的に解釈し、葛藤を徹底操作していくことが重要であると報告した。 は、ゆえに妄想的な被害感情を持つ心の態勢と、を受け止め償おうとする心の態勢の間に、見せかけの適応を示し変化を拒絶するが自己愛性パーソナリティ障害の人々に特徴的に見られることを見いだした。 こうした、いわば第三の態勢を生み出す悪性の防衛を放棄させることが、治療の眼目であるとロゼンフェルドは指摘した。 最も広く知られている治療理論はカーンバーグとコフートによるものであるが、彼らは自己愛性パーソナリティ障害に見られる転移を、積極的に直面化し解釈することあるいは共感的に扱うことで治療可能であることを報告した。 2人の治療理論にはそれぞれ対照的な部分があるが、それは素材となった患者群の違いによるところが大きいといわれる。 コフートが診療を行った患者は、自己評価の傷つきやすさを抱えながらもそれなりの社会適応を果たしており、外来治療が可能な人々であった。 対してカーンバーグの患者は入院治療を必要とする人達を含むより重症の患者群であり、と区別がつかない人達を含んでいた。 両者の治療論は以下である。 自己愛性パーソナリティ障害の精神力動的理解と治療 カーンバーグ コフート ・怒りを生得的に持ち合わせた一次的なものと見る ・自己愛性人格は境界性人格の下位分類である ・誇大的自己は病的構造と見る ・理想化を防衛手段として直面化し、解釈する 理解 ・怒りは共感的反応を得られない時に生じる二次的なものと見る ・自己愛性人格は境界性人格とは区別される ・誇大的自己は正常な発達過程で見られる ・理想化を正常な発達欲求として受け入れる 親が自分の自己愛の道具として特別な子を求めるなどの不適切な養育に加え、先天的な子どもの羨望と攻撃性の強さを重視する葛藤理論。 自分の内部にあるアグレッションが強すぎるためにコントロールできないほどの葛藤が生じるのだと考え、解釈を通して直面化を繰り返し、自我の成長を促進する 原因 共感的な親子関係が築けなかったために心が十分に成長しなかったという後天的な環境要因を重視する欠損理論。 この場合の欠損は生まれついてのものではなく、養育過程で生じた後天的な欠損を意味し、共感を用いて育て直し、自己評価調節機能と緊張緩和機能という心理的構造の内在化を目指す 幼年時代の処理できなかった原始的な怒りの感情が、外界へ投影されることで生じる恐怖・憎しみ・怒り・羨望の感情を解釈を通じて繰り返し直面化する。 自分の悪い部分などを他者へ投影するなどした時に、本当は患者自身に抱えきれない葛藤があることを教えてゆく。 被害妄想的な世界は、実は自分の中にある幼い頃の感情が外界に投影されたものであることを解釈し、洞察を助ける 治療 理想化転移を引き受ける。 共感的に患者の気持ちを汲む(鏡転移)。 間違いや失敗をした際には素直に謝るなど、理想化対象である治療者にも至らない点があることに気がつかせる(適量の欲求不満)。 にの心理学者であるトウェンギとキャンベルにより行われた調査によると、ここ10年で自己愛性パーソナリティ障害の発生率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害を経験していると結論づけられている。 関連疾患 [ ] 自己愛性パーソナリティ障害は・・・・・・他のとの併存が見られる。 のうち約2割が自己愛性パーソナリティ障害に伴う抑うつ症状という報告がある。 以下に特に関連の深い疾患を挙げる。 摂食障害 [ ] アメリカ精神医学会はDSMにおいて、の人はかなりの割合で少なくとも一つのパーソナリティ障害の診断基準を見たし、自己愛性パーソナリティ障害は()と関連が深く 、()は境界性パーソナリティ障害が最も多く見られると報告している。 摂食障害の人々もまた、極度に価値下げされた自己像と、それに対置する理想的で誇大的な自己像が分裂して併存しており、自尊心の障害を抱えている。 摂食障害における自己愛的防衛の研究は、摂食の病理と自己愛の間にある相関関係に注目している。 ( : Narcissus) 極端なうぬぼれと自己中心性を表現するためにという言葉を使用するのは、現代の医学分類である自己愛性パーソナリティ障害の遥か以前に遡る。 の人物であるという青年は美しい容貌を備えていたが、彼に恋をした精霊のに冷淡にふるまったことで女神の怒りを買ってしまった。 自分の姿に恋焦がれるという罰を受けたナルキッソスは、泉に映る自分に見惚れたまま痩せ衰えて死んでしまった。 彼亡きあとの水辺には、一輪の(: Narcissus)の花が残っていた。 ナルシシズム()という言葉の起源は、にが自己没頭的な患者を報告する際にナルキッソスの物語を引用したのが始まりとされる。 にはがを定義する言葉としてナルシシズムという語を用い、にはがの前段階という、より広い心理状態を指す語としてナルシシズムという言葉を用いた。 にはがはじめて誇大的な人物像である男根期的自己愛性格を人格の病理として記載し 、にはが自己愛人格あるいはとして記載した。 には、極端な2つの自己像に分かれ、現実的な自己像を持たない自己愛患者について報告した。 による自己愛性人格構造 、による自己愛性パーソナリティ障害 の提唱により、誇大的な自己像を抱え社会生活に支障をきたす一群の疾患単位が提唱された。 に発表されたによって自己愛性パーソナリティ障害概念が定義され、へと引き継がれ現在に至っている。 自己愛性パーソナリティの有名人 [ ] ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908 - 1989) 自己愛性パーソナリティ(障害)を有していたとされる有名人には、、、がいる。 は対人関係に過敏で、貴族的な選民意識を持ち、妥協を許さぬ完璧主義者であった。 祖母に溺愛され、母との情緒的な繋がりを持ちにくかった三島は、幼い頃にはケガをすると危ないという理由で女の子だけを遊び相手に選ばれている。 文壇デビュー当時の思うように売れない時期から、基底にある自己不確実感を覆い隠すようにやという肉体鍛錬に没頭した。 またそのうるわしい肉体とは対照的に、取り巻きなしでは飲食店に入ることすらできないという過敏性を示している。 その後数々の傑作を生み出し隆盛を極めたものの、40歳にもなると肉体的な老いを感じずにはいられなくなり、痩せ衰えることを極度に恐れた。 やがて国家主義的思想に自らの在り方を重ねていった三島は、劇的なにより、美を保ったまま自らの人生に幕を下ろした。 は様々なの特徴を示しているが、その中核にあるのは歪なナルシシズムである。 自らをと言って憚らない自己顕示性と、奇矯な振る舞いの背後には、ありのままの自分を認められずに過ごした生い立ちが関係している。 ダリには同じ名前の兄がいたが、2歳でその人生を閉じており、ダリはその兄の写真を見る事を極度に恐れた。 両親の目の奥に、自分ではなく、死んだ息子への不毛な愛情を感じていたからである。 生涯にわたって自己喧伝の衝動に囚われ続けたダリは、『私は自分自身に証明したいのだ。 私は死んだ兄ではない、生きているのは私だ、と』と綴っており、愛情面の傷つきからくる繊細な感性と、誇大的とも言える自信は、創造的な営みの原動力となった。 は世界最高のとして「帝王」の名を欲しいままにしたが、その気性から数多くの問題を引き起こした。 カラヤンはメディアに掲載される自らの写真を全てチェックし、認めたもののみ公表を許すなど、自分が最も理想的な姿で映し出されることを求めた。 に不意打ちで写真を撮られた際にはカメラマンを殴りつけるという事件を起こしている。 またカラヤンは自らが貴族階級出身であることをあらわす「フォン」をつけて名乗ったが、パスポートには「ヘルベルト・カラヤン」とだけ記されていたという。 幾度にも渡るとの対立に示されるように、カラヤンは少しでも意見を言う者や、従わないものには怒り狂い、徹底的に攻撃した。 世間の持つ「天才」、「帝王」という二枚目な「芸術家としてのカラヤン」と、「人間カラヤン」を同じように評価することはできないと楽員は述べている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 対人恐怖症や対人緊張に悩む人は、自分を恥ずかしく思うと同時に、人前で完璧に振る舞い羨望の眼差しを向けられたいという願望を有している。 理想的な自己イメージと卑下された自己イメージの間を揺れ動き、その多くは自己愛の病理を抱えている(ただしすべての対人恐怖症が自己愛と結びつくわけではない)。 ( pp. 29 - 34. だから、他人からの評価によって傷つくのである。 逆にいえば、他人からの評価によって揺らぐような低い自己評価所持者が「プライドの高い人」と周囲から認識されることになる。 ( p. 146)• 万能的な自己と無価値な自己とに連動したうつと躁のエピソードから、しばしば双極性障害(rapid cycler)と誤診される。 ( pp. 96 - 97. "oblivious type" は「無自覚型」、"hypervigilant type" は「過剰警戒型」と翻訳されることがある。 精神療法は常識の通用しなくなったところからはじまる。 今・ここでの関係性の中で、不鮮明で混乱した意識的・無意識的材料を明確化し、潜在的な葛藤を生み出す矛盾した事柄を直面化し、不合理な行動の起源となる無意識的内容を論理的に解釈する。 あの時・あそこで体験した病因的関係が、今・ここで再演されていることと結びつけて転移解釈を行う。 これらのサイクルを繰り返して徹底操作する。 以上が精神療法の実際的な機序である。 ( pp. 9 - 11. ) 出典 [ ]• 56-63• Washington [etc. ]: American Psychiatric Publishing. 2013. 645, 669—72. The American Journal of Psychiatry 172 5 : 415—22. Sederer, Lloyd I. 2009. 5th ed. O'Donohue, William 2007. Los Angeles: SAGE Publications. 235. の8 September 2017時点におけるアーカイブ。 2016年7月17日閲覧。 MayoClinic. com. 2 Dec. 2011. 2013年7月9日閲覧。 Ronnigstam E. 2011. "Narcissistic personality disorder: A clinical perspective". Journal of Psychiatric Practice 17 2 : 89-99. BUSHMAN,3,4 TJEERT OLTHOF,1 AND JAAP DENISSEN. Department of Psychology, VU University, The Netherlands Department of Psychology, Utrecht University. Kernberg, P. Narcissistic personality disorder in childhood. In : Psychiatry. Clin. North. , 12 ; Narcissistic personality disorder ed. Kernberg, O. , pp. 671-694. Saunders, Philadelphia. 1989. 3 - 12, 73 - 76. Andrew P. Morrison 1989. Shame: The Underside of Narcissism. Analytic Press• 5 - 9. 14 - 35. Personality Disorders — Narcissistic Personality Disorder. Armenian Medical Network 2006年. 2013年7月9日閲覧。 Cooper AM: Narcissism in normal development, in Character Pathology. Edited by Zales M. 39—56. Joseph Fernando, MPSY, M. , The Etiology of Narcissistic Personality Disorder, 1998. Psychoanalytic Study of the Child, 53:141—158. Golomb, Elan PhD 1992. Trapped in the Mirror. New York: Morrow, pp. 19—20. Stephen M. Johnson 1 May 1987. Humanizing the narcissistic style. Norton. Identifying and understanding the narcissistic personality Elsa F. Ronningstam. Oxfard University Press Inc. American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition. Washington, DC, American Psychiatric Association, 1994, p. 659. Golomb, Elan PhD 1992. Trapped in the Mirror. New York: Morrow, p. Kernberg, O. 1970. Factors in the psychoanalytic treatment of narcissistic personalities. Journal of the American Psychoanalytic Association, 18:51—85, p. Siegel, J. 2006. Dyadic splitting in partner relational disorders. Journal of Family Psychology, 20 3 , 418—422• Kernberg, O. 1970. Factors in the psychoanalytic treatment of narcissistic personalities. Journal of the American Psychoanalytic Association, 18:51—85• 15 - 16. 305• 194• 3 - 89• 87, 97. Amer Psychonal. Assn. 92-93. 5-6• Broucek, F 1982. International Journal of Psychoanalysis 63: 369-378. Bursten, B 1973. The International Journal of Psychoanalysis 54 3 : 287-300. Rosenfeld, H 1987. Tavistock Publications, London 63: 369-378. Wink, P 1991. Journal of Personality and social Psychology 61: 590-597. 87 p. 62-78• 661 - 664• 201• 25, 96. 104-112• Millon, Theodore 1996. Disorders of Personality: DSM-IV-TM and Beyond. New York: John Wiley and Sons. 393. 79-101• 229 - 233• Pincus, Emily B. Ansell, Claudia A. Pimentel, Nicole M. Cain, Aidan G. Wright, Kenneth N. Levy• 661• 217. 、 世界保健機関 1992 pdf. World Health Organization. 119. 203 - 252. 153 - 162, 219. 84-86• 191-200• Elsa Ronningstam and John Gunderson 1991. Journal of Personality Disorders 5 3 : 225-232. 70 - 75. 20 - 21• 226-227• 93 - 96. 77 - 127. 10 - 13, 116-117. 107 - 126• 121 - 123. 9 - 11. 1 - 31. Twenge, Jean M. Keith The Narcissism Epidemic: Living in the Age of Entitlement 2009• 116 - 117• 343• 260 - 263. 128, 138. 134 - 142. 17 - 20. 259-268• Fenichel, O. : The Psychoanalytic Theory of Neurosis. Kernberg O, Borderline Conditions and Pathological Narcissism, 1967• Kohut H, The Psychoanalytic Treatment of Narcissistic Personality Disorders: Outline of a Systematic Approach, 1968• 中広全延「」『夙川学院短期大学研究紀要』第41号、2012年、 35-45頁。 110 - 126• 138. 参考文献 [ ] 診断ガイドライン• 医学書・一般書• 市橋秀夫『心の地図〈上〉—こころの障害を理解する』星和書店、1997年。 市橋秀夫『パーソナリティ障害 人格障害 のことがよくわかる本』講談社、2006年。 牛島定信『人格の病理と精神療法—精神分析、森田療法そして精神医学』金剛出版、2004年。 牛島定信『図解 やさしくわかるパーソナリティ障害 正しい理解と付き合い方』ナツメ社、2011年。 岡田尊司『パーソナリティ障害—いかに接し、どう克服するか』PHP研究所、2004年。 岡田尊司『パーソナリティ障害がわかる本—「障害」を「個性」に変えるために』法研、2006年。 岡野憲一郎『恥と自己愛の精神分析—対人恐怖から差別論まで』岩崎学術出版社、1998年。 岡野憲一郎『恥と「自己愛トラウマ」—あいまいな加害者が生む病理』岩崎学術出版社、2014年。 小此木啓吾『自己愛人間』筑摩書房、1992年。 小此木啓吾(編代)『精神分析事典』岩崎学術出版社、2002年。 笠原嘉『退却神経症—無気力・無関心・無快楽の克服』講談社、1988年。 笠原嘉『アパシー・シンドローム』岩波書店、2002年。 狩野力八郎『重症人格障害の臨床研究—パーソナリティの病理と治療技法』金剛出版、2002年。 狩野力八郎『自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本』講談社、2007年。 上島国利(監)市橋秀夫(編)『精神科臨床ニューアプローチ 5 パーソナリティ障害・摂食障害』メジカルビュー社、2006年。 川谷大治『思春期と家庭内暴力—治療と援助の指針』金剛出版、2001年。 オットー・F・カーンバーグ(著)前田重治(監訳)『対象関係論とその臨床』岩崎学術出版社、1983年(原著1976年)。 オットー・F・カーンバーグ(著)山口泰司、阿部文彦、苅田牧夫(訳)『内的世界と外的現実—対象関係論の応用』文化書房博文社、2002年(原著1980年)。 オットー・F・カーンバーグ(著)西園昌久(監訳)『重症パーソナリティ障害—精神療法的方略』岩崎学術出版社、1996年(原著1984年)。 オットー・F・カーンバーグ、ハロルド・W・ケニスバーグ、アン・H・アペルバウム 他(著)松浪克文、福本修(訳)『境界例の力動的精神療法』金剛出版、1993年(原著1989年)。 メラニー・クライン(著)小此木啓吾、岩崎徹也(訳)『羨望と感謝』誠信書房、1996年(原著1975年)。 ハインツ・コフート(著)水野信義、笠原嘉(監訳)『自己の分析』みすず書房、1994年(原著1971年)。 ハインツ・コフート(著)本城秀次、笠原嘉(監訳)『自己の修復』みすず書房、1995年(原著1977年)。 ハインツ・コフート(著)本城秀次、笠原嘉(監訳)『自己の治癒』みすず書房、1995年(原著1984年)。 H・S・サリヴァン(著)中井久夫、山口直彦、松川周二(訳)『精神医学の臨床研究』みすず書房、1983年(原著1973年)。 L・サルズマン(著)成田善弘、笠原嘉(訳)『強迫パーソナリティ 新装版』みすず書房、1998年(原著1973年)。 下坂幸三『拒食と過食の心理—治療者のまなざし』岩波書店、1999年。 エリザベス・B・スピリウス(編著)松木邦裕(監訳)『メラニー・クライントゥデイ2—思索と人格病理』岩崎学術出版社、1993年(原著1988年)。 ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル(著)桃井緑美子(訳)『自己愛過剰社会』河出書房新社、2011年(原著2010年)。 中井久夫『世に棲む患者』筑摩書房、2011年。 成田善弘『強迫性障害—病態と治療』医学書院、2002年。 成田善弘『青年期境界例 改訂増補版』金剛出版、2004年。 林直樹『パーソナリティ障害—いかに捉え、いかに対応するか』新興医学出版社、2005年。 林直樹『パーソナリティ障害とむきあう—社会・文化現象と精神科臨床』日本評論社、2007年。 ヒルデ・ブルック(著)ダニタ・クウゼウスキー、メラニー・シュー(編)岡部祥平、溝口純二(訳)『やせ症との対話—ブルック博士、思春期やせ症患者と語る』星和書店、1993年(原著1988年)。 フロイト(著)高橋義孝、下坂幸三(訳)『精神分析入門(下)』新潮社、1977年(原著1916年)。 ジェームス・F・マスターソン(著)富山幸佑、尾崎新(訳)『自己愛と境界例—発達理論に基づく統合的アプローチ』星和書店、1990年(原著1981年)。 ジェームス・F・マスターソン(著)佐藤美奈子、成田善弘(訳)『パーソナリティ障害』星和書店、2007年(原著2000年)。 ジェームス・F・マスターソン、アン・R・リーバーマン(編)神谷栄治、市田勝(監訳)『パーソナリティ障害治療ガイド—「自己」の成長を支えるアプローチ』金剛出版、2007年(原著2004年)。 町沢静男『ボーダーラインの心の病理—自己不確実に悩む人々』創元社、2005年。 町沢静男『自己愛性人格障害』駿河台出版社、2005年。 松木邦裕『対象関係論を学ぶ—クライン派精神分析入門』岩崎学術出版社、1996年。 松木邦裕『摂食障害というこころ—創られた悲劇/築かれた閉塞』新曜社、2008年。 マーガレット・S・マーラー、アニー・バーグマン、フレッド・パイン(著)高橋雅士、織田正美、浜畑紀(訳)『乳幼児の心理的誕生—母子共生と個体化』黎明書房、2001年(原著1975年)。 丸田俊彦『コフート理論とその周辺—自己心理学をめぐって』岩崎学術出版社、1992年。 ウィルヘルム・ライヒ(著)小此木啓吾(訳)『性格分析—その技法と理論』岩崎学術出版社、1966年(原著1933年)。 エルザ・F・ロニングスタム(編著)佐野信也(監訳)『自己愛の障害—診断的、臨床的、経験的意義』金剛出版、2003年(原著1998年)。 和田秀樹『〈自己愛〉と〈依存〉の精神分析—コフート心理学入門』PHP研究所、2002年。 和田秀樹『壊れた心をどう治すか—コフート心理学入門 II』PHP研究所、2002年。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

次の

自己愛性人格障害の男性の恋愛には特徴あり!いつもこれで破局する!|自己愛性人格障害の夫からの脱出

自己 愛 性 パーソナリティ 障害

どうも、精神疾患・発達障害を専門にしている心理カウンセラーの泉です。 この記事を読んでいるあなたは、尊大で傲慢な態度を取る人に悩まされているのではないでしょうか?またはあなた自身が、自分は自己愛性人格障害なのではないか…と疑っているのかもしれません。 メンタル系の病気の中でも、特に人格障害(現パーソナリティ障害)はなんとなく誰にでも当てはまりそうな感じがして、自分やまわりの人が本当に人格障害なのか判断しにくいです。 私の大学の友人は心理学の講義で人格障害を学んでから、まわりの友人全員が人格障害に見えるようになったと言っていました…。 それくらい、半端な知識では判断しにくいものなのです。 そこで今回は、自己愛性人格障害の特徴のなかでも特にわかりやすいものを10個に厳選してお伝えしていきます。 医学的な診断基準に加えて、わたしが実際に対応したケースを元に具体例を交えてお伝えします。 自己愛性人格障害の特徴~医学編~ 尊大な態度の人、横柄な人というのは身の回りにときどきいますよね。 それが単なる性格で一般的な範囲内なのか、それとも異常で診断名がつくレベルなのか、判断はとても難しいものです。 では、精神科医はどうやって判断をしているかというと、DSM-5という診断マニュアルを使っています。 DSM-5の診断基準 誇大性 空想、または行動における 、賞賛されたいという欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期に始まり、種々の状況で明らかになります。 次のうち5つ またはそれ以上 によって示されます。 自己の重要性に関する誇大な感覚 例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待します。 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれています。 自分が特別であり、独特であり、ほかの特別なまたは地位の高い人達に または施設で しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じています。 過剰な賞賛を求めます。 特権意識、つまり特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待します。 対人関係で相手を不当に利用します。 つまり自分自身の目的を達成するために他人を利用します。 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしないです。 しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込みます。 尊大で倣慢な行動または態度。 なんとなくイメージはつくでしょうか?ただ、医学的な専門書の記載なのでちょっとイメージしにくいものもありますよね。 自己愛性人格障害の特徴~具体例編~ ここからは、自己愛性人格障害の具体例をお伝えします。 実際が私が対応したケースの特徴を3カテゴリ10種類にまとめてみました。 ほかの方がやっている分類もたくさん参照してみましたが下記の情報でほぼ網羅できていると思います。 プライドがクソ高い 自己愛性人格障害の特徴で一番わかりやすいのが「プライドの高さ」です。 より細かい特徴と具体例は下記になります。 根拠はないけど自分は特別だと思ってる• なんの実績もないのに、「自分が本気を出せば何でもできる」と信じ込んでいる• 10年以上引きこもっていて就職した経験もないのに「自分はマネジメントとかできちゃうんで」という。 いまの総理大臣の名前も知らないのに「日本を変えなきゃいけないから選挙に出る」とかいう 2. 自分の評価に敏感• 面接など評価される場面に弱い、避ける• 思ったよりも氷菓が引いと評価者をバカにする• 褒めてくれる人が大好き 3. 外面はめっちゃいい• 初対面では頼りになりそうないい人• 身なりもしっかりしていて清潔感がある• 仕事できそうオーラを出している人も多い 4. 自分より下に見た相手はとことん下に見る• 「こいつ頭悪いな」と思った人の意見はまったくきかない• 気に入らない上司の言うことは聞かない• 下に見た人に対してはあからさまに馬鹿にしたような態度・発言をする 5. 人に相談しない• 自分の悩みを一切他人に相談しない• 「悲しい」「つらい」といった弱音をまったく吐かない• 助言をもらっても行動に移さないため何も改善されない 失敗を受け入れられない脆さがある 自己愛性人格障害の大きな特徴の2つ目は弱さ・脆さです。 具体的には下記のような特徴があります。 うまくいかないことは病気や他人のせいにする• 就活の面接で落ちた理由を「自分が優秀で扱いづらいと思われた」と思い込む• 仕事がデキないから昇給しないのに、評価する上司が無能だから理解されないとグチる• うまくいかないのが怖いことが原因なのに、うつ病を理由にして引きこもる 7. 言い逃れができない失敗をすると一気にボロボロに崩れる• 完璧に論破されると寝込んで出勤できなくなる• 恥をかいたと感じるとそのコミュニティからこっそり抜け出し二度と参加しなくなる• 理想通りの自分ではなくなると、すべてがどうでも良くなる 8. 指摘してきた相手を過剰に責める• ちょっとした指摘に対して逆上する• 指摘ですらない提案に対しても逆上する• 指摘される雰囲気を感じ取るとあからさまに威圧的になる 自分の価値を高めるもの大好き 自己愛性人格障害の人は、「ありのままの自分」に価値を感じられません。 そのためスキルや資格、名声など自分の外側のものをたくさん得て価値を高めようとします。 やたらと人に教えたがる• 後輩が入ってくると率先して教えようとする• 「お前は教えなくていい」と指示されても教えようとする• 新入社員にあることないこと吹き込んで自分の味方につけようとする 10. 資格や肩書が大好き• なにかといつも資格勉強している• 受かったら大げさに自慢するが、落ちたときには誰にも何もいわない• 肩書に固執し、まわりを蹴落としてでも一度得たポジションを手放そうとしない 以上が自己愛性人格障害10の特徴でした。 あなたも当てはまるものがあったかもしれません。 でもなぜこんな特徴を持つようになってしまうのでしょうか?自己愛性人格障害の人だって望んでこうなったわけではないのです。 もっと具体的にいうと、幼少期に愛されなかった、または歪んだ愛情をうけて育った、というパターンが非常に多いです。 ちゃんとした愛情を受けて育つとどうなるか ちゃんとした愛情を受けて育つと下記のような感覚を得られるようになります。 世界は安全な場所だと感じられる• ありのままの自分に価値を感じれるようになる なぜ上記のような感覚が得られるようになるかというところもご説明しますね。 赤ちゃん時代に、泣けばミルクをもらえて、おむつを取り替えてもらえて、あやしてもらえて、傷の手当もしてもらえて…という経験を積むことができると、「この世界は安全だ。 自分を守ってくれる。 自分の不快さは全部解消してもらえる」というような安心安全感覚を得られるようになります また、自分が笑いかけるだけでまわりの大人たちが笑い返してくれたり、自分が何もしていなくても抱きしめてもらえたりすると、「何もしていなくても自分は愛される存在なんだ」とありのままの自分でも価値があるという感覚を育めるようになります。 こういった感覚をちゃんと持てると、• 逆に自己愛性人格障害の人は、「世界は危険」・「ありのままの自分は価値がゼロ」だと思い込んでいます。 そしてその思い込みは、ちゃんとした愛情を受けられずに育ったことが原因なのです。 つぎは自己愛性人格障害の原因をより深くお伝えしていきますね。 甘えようとしたら殴られる、おとなしくしていれば=良い子であれば殴られない、そんな環境で子どもが育ったとしたらどうなるでしょうか…? 「自分の身は自分で守らないといけない」、「人を頼ってはいけない」、「他人は自分を攻撃する存在だから気を許してはいけない」と感じるようになりますよね。 また虐待を受けて育つと、子どもは「自分は親からすら愛されない存在なんだ」と信じ込んでしまうでしょう。 でも、子どもは誰かに愛されたり注目を浴びたりしたいものなので、まわりの評価を気にするようになって外面を良くして親以外からの愛情を得ようとしたり、自慢話をして人の注目を引くようになったりします。 これが、自己愛性人格障害の原因です。 少しだけ補足をすると、ここでいう愛されないのイメージは、虐待やネグレクトという極端な例もありますし、両親が教育熱心で厳しい、あまり褒めるタイプの両親ではない、みたいな場合もあります。 「自分の親はわりと普通な親なのに自分には自己愛性人格障害っぽい特徴がある…」と感じている方のなかには、両親が厳しく、子ども時代にあまり褒められたりしなかったり、テストの点数がいいときだけ褒められるなど条件付きの愛情を受けて育った方も多いです。 それが愛されすぎて育つパターン。 よくあるナルシストのイメージはこちらが多いのではないでしょうか?いつまでも親離れせず、ママが大好きというパターンですね。 虐待とかと比べるとだいぶましに思えるかもしれないのですが、このパターンでも「世界は危険」「ありのままの自分には価値がない」と思い込みやすいです。 愛しすぎる親は、ほとんどの場合、過保護・過干渉になります。 ちょっと転んだだけで母親が大騒ぎしたり、けがをすると危ないからという理由でブランコで遊ばせてもらえなかったり、どこに行くにも母親がついてきて危ないことがないか監視したり… そんなことが続くと、子どもは「自分は独りでは何もできない弱い存在なんだ」と感じるようになります。 子どもであっても無力な状態は不快ですから、とりわけ力を求めるようになっていきます。 このときに求める力は「世界は危険」と感じる子どもが求める力と同質のものです。 また、母親がここまで子どもにベッタリになる家庭にありがちなのが、父親と母親の不仲さです。 母親が父親の悪口を言うくらいの家庭もあれば、実際に母親がDVを受けているような家庭もあります。 どちらにしても子どもにとっては母親のほうが養護者として味方に感じることが多いため、父親は敵になります。 でも敵である父親から母親を守る力が自分にはない。 この場合も子どもは必要以上に力を求めるようになっていきます。 一方の「ありのままの自分には価値がない」という感覚もちゃんと植え付けられていきます。 過保護・過干渉な親というのは、子どものためにやっているわけではなく、自分が不安だから過保護・過干渉な行動を取っています。 そして、子どもは親の行動の意図に非常に敏感です。 すると、「親は不安になりたくないんだな。 親を不安にさせてはいけないんだな」と無意識で感じ取って、親を不安にさせない行動を取るようになっていきます。 ありのままの自分が感じる欲求を押し殺してまで、親を安心させる行動を取ってしまうようになるんです。 それが続くと、「ありのままの自分」は親を不安にさせてしまう悪い自分として感じるようになってしまい、「ありのままの自分には価値がない」という思い込みにつながっていってしまいます。 つまり、親から愛されすぎて育つことも、親から愛されずに育つのと同様、自己愛性人格障害の原因になってしまうわけです。 子どもの生まれながらの性質 同じ親に育てられて、同じように接された兄弟であっても、自己愛性人格障害っぽくなる場合もあれば、ならない場合もあります。 これはどうやって説明できるでしょうか? 一つの回答としては、生まれながらの子どもの性質の差であると考えられています。 体の大きい小さい、強い弱いが遺伝的に決まってくるように、神経系の強い弱い・周りの環境へ敏感鈍感も生まれながらにある程度決まってきます。 神経系が生まれながらに弱く、繊細な子どもほど、自分が愛されていないことを敏感に感じ、人格的な障害を持つ可能性は高くなっていきます。 自己愛性人格障害の特徴と背景 ここまで読み進めてくださったかたなら、自己愛性人格障害の特徴が育ち方と強い関係があることがおわかりでしょう。 そこで、前述した自己愛性人格障害の特徴の3分類と育ち方の関連を確認していきたいと思います。 「プライドがクソ高い」と育ち方の関連 自己愛性人格障害のひとが「プライドがクソ高い」のは、自分自身に価値を感じられず、まわりに自分を受け入れてくれる人がいなかったことに関係しています。 「人を頼ることができない、相談できない」というのは育つ過程の中で相談できる人がいなかったから。 「自分は特別だ」と思っているのは、そうやって根拠がなくても自分で自分を認めないと自分が保てなかったからです。 知人のカウンセラーで自己愛性人格障害を持っている方がいるのですが、彼は発達障害もあり親から叱られまくって育ったそうで、まったく褒められた思い出がないとのことです。 だから 少年時代の彼は自分のことを自分で「天才だ」と言い聞かせながら必死で自分を保とうしていたといいます。 「外面がいい・評価に敏感」というのも、「世界は危険で自分には価値がない」という思い込みから来ています。 「スキを見せてはいけない、自分の価値のなさがバレてはいけない」と常にアンテナを張っているからこそ、外面や評価を過剰に気にします。 「まわりを見下す」というのは、ありのままの自分に価値が感じられないことと直結していますね。 少しでも自分に価値を感じたいからこそ、まわりを下げて見ようとするわけです。 「失敗を受け入れられない」と育ち方の関連 自己愛性人格障害のひとが失敗を受けれ入れられないのは、「ありのままの自分に価値を感じれない」ことに原因があります。 「ありのままの自分に価値を感じれない」ということは、逆に言うと「うまくやれている自分」「良い子でいる自分」にしか価値を感じることができないということです。 大前提として、人は自分に価値を感じていたい存在ですから、自己愛性人格障害の人は「うまくやれている自分」を必死で演出しようとします。 「うまくやれている自分」でいる間は「生きている価値」を感じることができるからです。 ところが、ひとたび失敗してしまうと、自己愛性人格障害の人は「自分は生きている価値がない」と無意識で感じてしまいます。 このプロセスが、自己愛性人格障害の人が失敗を受け入れられない原因です。 「うまくいかないことを病気や他人のせいにしてしまう」という特徴は、自分に原因があって失敗をしたと認めてしまうと「生きている価値がない」と認めてしまうことになるから。 「言い逃れができない失敗をすると一気にボロボロに崩れてしまう」のは、自己愛性人格障害にとって失敗が致命的な価値の喪失だから。 「指摘してきた相手を過剰に責めてしまう」のは、自己愛性人格障害の人にとってちょっとした指摘ですら「お前は生きている価値がない」といわれることに等しいからです。 「自分の価値を高めるものが大好き」と育ち方の関連 これはもうわかりやすいですね。 「ありのままの自分に価値がない」と感じているからこそ外側の自分の価値を高めてくれそうなものを追い求めるわけです。 「やたらと人に教えたがる」というのは、人に教えるという行為が相手よりも自分のほうが上だと感じられる行為だからです。 また、「資格や肩書が大好き」というのもわかりやすく自分の価値を表現できるものだからですね 自己愛性人格障害を活かしていく方法 さて、ここまで自己愛性人格障害の特徴をお伝えしてきました。 お知り合いの方をイメージしながら読んでいた方は、「そうそう!」と納得感を得ていただきながら読み進めてくださったかもしれません。 一方でご自身が自己愛性人格障害なのではないか…と感じている方は、少なからずショックがあったかもしれません。 どうしてもネガティブな特徴が多くなってしまうので>< ただ、自己愛性人格障害はネガティブな特徴ばかりではないのです。 というか、どんな特徴でも同じなのですが、状況によっては強みにも弱みにもなり得ます。 そこで最後に、自己愛性人格障害の長所についても触れていきます。 自己愛性人格障害の長所 自己愛性人格障害の特徴である、成功を追い求める傾向は健全な努力がともなうとビジネス的な成功にもつながっていきます。 よく社長さんなんかに自己愛性人格障害の傾向が強い人が多いと言われたりするのですが、それはこの特徴からくるものでしょう。 また、自己愛性人格障害の人は独特なものの見方で世界を見ているため、それを活かして芸術家や作家として成功している人もいます。 「ありのままの自分には価値を感じれない」という傾向から、ボランティアなど人へ奉仕活動に熱心になる人も多くいます。 うまく活かせるか、迷惑な存在になるかの分かれ目は、自分を高めようとする方向性に向かえるかどうかです。 「自分に価値を感じていたい」と感じる方向性が、まわりを蹴落としたり、嘘をついたりといった不健全な方に向かうと迷惑な存在になっていってしまいます。 (そしてそちらに向かうほうが遥かに楽です) もし自分に自己愛性人格障害の傾向があると感じるのであれば、楽な方に流されず自分を高めていく健全な努力の方向に向かっていけると、ゆくゆくは本当の意味で「価値のある存在」になっていくことできると思います。 まとめ じつは自己愛性人格障害の傾向は現代において増えているといいます。 成果主義・個人主義が台頭し、自己中心的な人格が育ちやすい環境になっているのが原因だそうです。 自分の傾向を把握して、対策を打つことです。 自覚さえできれば、うまく生かして成功につなげていくこともできる人格ですから。 あと、自己愛性人格障害の人はじつは傷つきやすくて、内面ではとても苦しむことが多いです。 とても苦しいのに、まわりを頼ることができない。 そんな障害だったりもします。 だからこそ、もしあなたが今回お伝えした特徴で悩んだり、苦しんだりするようなことがあれば、ぜひ自分で抱え込みすぎず相談してみてください。 近い関係の人には相談しにくければ、遠い関係である私達にご相談いただいても大丈夫です。 今回の記事が、あなたにとって役立っていれば何よりです。

次の