ら 抜き 言葉 問題。 「ら抜き言葉」の例と一覧・メリットとデメリット

「ら」抜き言葉が問題になっていますが,私は「い」抜き言葉が気になります。...

ら 抜き 言葉 問題

文1の「見れる」、文2の「食べれる」は、日本語の乱れの象徴として取り上げられることの多い、いわゆる「ら抜き言葉」です。 本来、「見る」「食べる」を「~できる」という意味の形にするには、「見られる」「食べられる」とするのが適切なのですが、誤って「ら」を抜いてしまっているので、そう呼ばれています。 他方、文3の「読める」、文4の「飲める」には「ら」は入っていませんが、これらは適切な表現とされています。 「~できる」という意味にしたときに「ら」を抜いていいものとよくないものがあるわけですね。 と言っても、うんざりする必要はありません。 簡単な見分け方があるからです。 試しに「見る」「食べる」「読む」「飲む」を「~しない」という否定の形にしてみてください。 「見ない」「食べない」「読まない」「飲まない」となりますよね。 そして、それぞれの「ない」のすぐ上の音を、長く伸ばして発音してみてください。 「見ィない」「食べェない」「読まァない」「飲まァない」となりますね。 「読まない」「飲まない」は「ない」のすぐ上の音を伸ばして発音したときに語尾が、アイウエオの「ア」の音になっています。 つまり「ない」の上がア段となっているということですね。 こういった動詞は、「~できる」という形にするときに「ら」を抜いても構いません。 他方「ない」の上が「イ」「エ」の音になる「見る」「食べる」は、「~できる」という形にするときは「見られる」「食べられる」とする必要があります。 ・「~しない」という形にしたときに、「ない」のすぐ上がア段になる動詞は「ら」を抜いてもいい ・「~しない」という形にしたときに、「ない」のすぐ上がア段にならない動詞は「ら」を抜いてはいけない とご記憶ください。 例外は「する」だけです(「する」の可能の形は「できる」ですよね)。 さて、では5の「泳げれる」はどうでしょう。 「泳ぐ」を「~しない」という形にしてみましょう。 「泳がない」となります。 「ない」の上の音を伸ばしてみると「泳がァない」。 「ない」の上はア段ですね。 ということは、「ら」を入れずに「泳げる」でいいわけですが、何か足りないなーという気がするのでしょうか、「れ」を足して「泳げれる」としてしまっています。 こういう類の間違いを「れ足す言葉」といいます。 ということで、不適切なのは1「見れる」2「食べれない」5「泳げれる」でした。

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「さ」入れ言葉は、日本語に混乱をもたらす悪いタイプの乱れである

ら 抜き 言葉 問題

現代日本語については研究分野が多種多様に行き渡っている。 音韻、形態、意味、文法の各分野ではかなりの膨大な調査と研究が試みられてきている。 そのような多岐にわたる研究の中でも、現代日本語が今、いかに変化を遂げつつあるのか、そしてかなり以前から変化が起こり、現在も進行中である現象について調査・考察を行う。 10代の人々が使用する語彙、発音の仕方、アクセントの置き方を目の当たりにすると、驚きと同時に非常に興味深く感じることがよくある。 言語の移り変わりに関心をいだき、その変化の原因を探ろうとする側にとっては生きた貴重な教材であり、研究対象となる。 電車に乗り合わせた中学生、高校生の「言語」にはいささか、面食らう。 当のご本人たちにとっては自然な語彙、文法、発音、アクセントのはずである。 助詞、助動詞らしき語を何とか聞き取っても、話が盛り上がるにつれて、言っていることが理解できなくなることがある。 それだけ、言葉の変化が目まぐるしく進んでいる証拠であろう。 言葉はこころと密接に関係しているので、変化が激しい分、それだけ認知主体 話し手・聞き手 の思考態度も劇的に変化していると捉えることができる。 新たに創造された表現の動機づけを探ることは根気の要る多くの時間を費やす調査・研究になる。 しかし、我々が普段、見聞きする新造語は言葉とこころとの深い絆がいかにして成立しているかを捉えることができる最良の素材の一つである。 その理由に日本という土地と文化的背景を共有していることが挙げられる。 本稿は新造語として若年層に特有と見なされているはずの「ラ抜き言葉」を中心に考察を進め、言葉とこころとの密接な関係に一歩でも接近することを目指す論考である。

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ら抜き言葉の問題点とメリットとは?歴史はいつからなのか??

ら 抜き 言葉 問題

ら抜き言葉の定義と歴史 文法上の「可能」の意味において、「見れる」「切れる」「食べれる」などの言葉が「ら抜き言葉」になります。 「ら」を入れると「見られる」「切られる」「食べられる」という言葉になります。 文法上、「見れる」「切れる」「食べれる」は間違いで「見られる」「切られる」「食べられる」が正しいとして、問題点を議論されることがあります。 ら抜き言葉の歴史ですが、 大正の末から昭和の初めにかけて使われ始め、戦後にさらに使われるようになりました。 言葉は歴史ともに使いやすい形に変化するので、より一層、賛成派と反対派で議論されています。 ら抜き言葉の問題点 ら抜き言葉の問題点として、文法上おかしいという点と、雑な印象を与えるという点が取り上げられます。 文法上の問題点 「見れる」「起きれる」「寝れる」「食べれる」「来これる」などの「ら抜き言葉」可能の意味を表す動詞は、下一段活用の動詞に区分されます。 下一段活用の動詞は決まりとして、可能の意味を表す際は「れる」ではなく、「られる」を使い可能の意味を持たせるようになっています。 下一段活用の動詞は下記のような決まりの動詞になります。 食べるを例として、説明いたします。 食べるは使い方として、下記のように変化します。 食 べ ナイ 食 べ マス 食 べ ル 食 べ トキ 食 べ レバ 食 べ ロ 上記を見て頂くと、「食べ」のあとが変化して、「命令形」や「仮定形」など色々な意味に変化することがわかります。 この時「食べ」の「べ」を「活用語尾」と呼びます。 活用語尾が「エ」の段で終わるものが下一段活用の動詞とされています。 「べ」はローマ字表記すると、「BE」となり、「E(エ 」で終わっています。 雑な印象を与えるという問題点 特に文章にする場合ですが、 「ら抜き言葉」は「いい加減」「粗雑」「軽率」と取られる場合があります。 会話の場合は、流れで意味がスッと入りますが、文章の場合はじっくり見ることが出来るので、気にする人が多くなります。 ら抜き言葉のメリット 歴史を経るごとに、普及しているら抜き言葉なので、メリットも当然あります。 少ない文字数で意味を伝えられる これは字のごとくになります。 少ない文字数でコミュニケーションが取れると、無駄を減らせます。 可能・尊敬・受身の意味を考えなくて済む ら抜き言葉は、可能の意味でのみ使われます。 「ら」を入れて使用すると、尊敬・受身の意味を持つ可能性が出てくるので、判断する必要が出てきます。 まとめ ら抜き言葉は合理的な使い方として、進化した結果のものだという印象を受けました。 ニュースでもら抜き言葉の使用者数が年々増えているとやっていました。 言葉は歴史とともに変化していくものなので、今後は「ら抜き言葉」が正しいとされる日が来るのかもと思います。

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