大河 ドラマ 渋沢 栄一。 2021年NHK大河ドラマが渋沢栄一を描いた「青天を衝け」に決定!

吉沢亮主演大河ドラマ!渋沢栄一役!子孫はイケメン?共演者は?

大河 ドラマ 渋沢 栄一

スポンサーリンク 渋沢栄一 農民だった幼少期 幕末の動乱期、大政奉還から遡ること27年前の天保11年(1840)、渋沢栄一は武蔵国榛沢郡血洗島村で渋沢元助とエイの間に長男として生まれました。 幼名は栄二郎ですが、のちに栄一郎、篤太夫、篤太郎などと名乗っています。 また、従兄弟には戊辰戦争で彰義隊を率いて新政府に徹底抗戦した渋沢成一郎がいました(栄一が2歳年下)。 豪農だった渋沢家は普通の農家と違い、常に算盤を用いた計算の才覚が求められたため、渋沢栄一もその中で自然と商業について学んでいました。 また、渋沢栄一は幼い頃より私塾を開いていた従兄弟・尾高惇忠の元で学問を学び、剣術は剣豪・大川平兵衛から神道無念流を学んでいました。 出典: スポンサーリンク 尊王攘夷志士から幕臣へ 安政5年(1858)、19歳になった渋沢栄一は尾高惇忠の妹・千代と結婚し、文久元年(1861年)には江戸に出て北辰一刀流の千葉栄次郎の道場に入門。 ここで渋沢栄一は尊王攘夷志士から影響を受け、文久3年(1863)に従兄弟の渋沢成一郎と共に高崎城を乗っ取りを計画します。 計画は武器を奪って横浜を焼き、その後長州と連携して倒幕を目指そうとするものでしたが、これは尾高惇忠の弟・長七郎の必死の説得により中止することとなりました。 その後、この計画を知った父から勘当されてしまった渋沢栄一。 京都で尊王攘夷活動を起こそうとしますが、この頃の京都は八月十八日の政変によって尊攘派の勢いはなく途方に暮れてしまいます。 その後、尊王攘夷活動を諦めた渋沢栄一は江戸で知り合った一橋家の家臣・のツテで一橋慶喜に仕えます。 すると慶応2年(1866)、主君・一橋慶喜が将軍に就任し、渋沢栄一はそのまま幕臣に取り立てられました。 翌年にはパリ万国博覧会に出席するため、慶喜の異母弟・徳川昭武に随行してフランスへと渡航した渋沢栄一。 ヨーロッパ各地で先進的な産業・軍備を学んでいましたが、やがて大政奉還によって幕府がなくなったため、新政府から帰国を命じられてしまいました。 出典: スポンサーリンク 明治政府官僚から実業家へ 帰国後、静岡で謹慎していた主君・徳川慶喜から「これからはお前の道を行け」との言葉をもらった渋沢栄一。 フランスで学んだ株式会社制度を実践し、静岡藩の借金返済のために尽力するも、新政府の大隈重信に説得されて大蔵省に入省することになります。 新政府での渋沢栄一は財政改革案の企画立案や度量衡の制定、国立銀行条例制定に携わり、大蔵大輔・井上馨から高く評価されました。 しかし、明治6年(1873)に予算編成を巡って大久保利通や大隈重信と対立しすると、渋沢栄一は井上馨と共に政府を去ります。 その後、渋沢栄一は駐米日本代理公使を終えて帰国した森有礼に協力して商業学校としての商法講習所を設立。 実学教育に対する意識が薄かったこの頃、渋沢栄一は教育に力を入れて多くの学校の設立に携わり、女子の教育の必要性も訴えて、伊藤博文や勝海舟らと共に女学校の設立に尽力しました。 そして渋沢栄一は官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行の頭取に就任すると実業家として活動し、七十七国立銀行や地方銀行の設立、東京海上火災保険、王子製紙、帝国ホテル、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒、サッポロビール、東洋紡績などの500以上の会社設立に関わっていきました。 また、社会活動にも熱心だった渋沢栄一は日本赤十字社などの設立にも関わっていきました。 出典: スポンサーリンク 成功者の社会貢献 明治22年(1889)からは故郷の深川区会議員を務め、深川の発展の為に尽くした渋沢栄一でしたが、国政とは一定の距離を置きます。 貴族院議員に勅選されてもすぐ辞任し、明治24年(1901)には組閣を命じられた井上馨から大蔵大臣を打診されても辞退。 渋沢栄一が大蔵大臣を断ったために、井上馨は組閣を諦めたといいます。 大正時代に入って関東大震災が起こると、渋沢栄一は復興のために寄付金集めに奔走。 日本国際児童親善会を設立した際は、アメリカの人形と日本人形を交換するなど国際交流を深めることにも尽力し、中国で水害が起こると義援金を募るなど民間外交も進めていた渋沢栄一は多くの功績を残して92歳でこの世を去りました。 出典:.

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初の財界人「大河」、吉沢亮が渋沢栄一の青春演じる :日本経済新聞

大河 ドラマ 渋沢 栄一

その主人公は、新一万円札の顔としても注目される「渋沢栄一」です。 「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一は、約500もの企業を育て、同時に約600の社会公共事業にも関わりました。 晩年は民間外交にも力を注ぎ、ノーベル平和賞の候補にも2度選ばれています。 幕末から明治へ。 時代の大渦に翻弄され挫折を繰り返しながらも、青天を衝くかのように高い志を持って未来を切り開きました。 「緻密な計算」と「人への誠意」を武器に、近代日本のあるべき姿を追い続けた渋沢は、生涯青春の人でした。 2021年、若き心で挑戦を続けた男・渋沢栄一との出会いにご期待ください。 【番組のみどころ】 渋沢栄一の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。 意外に知られていませんが、実はやることなすこと裏目に出てばかり。 波瀾万丈です。 田舎の農民に生まれ、倒幕の志士を目指したのにまるで正反対の幕臣に。 すると幕府がつぶれて失業武士に。 さらには意に反して明治新政府に仕官することとなり、いざ政治の世界で大暴れしたあと、33歳でようやく辞表を出して民間人へと転身! ここから実業家として、怒濤 どとう の民間改革が始まります。 銀行、保険、製紙、紡績、鉄道、海運、ガス、電気……、世の中に必要なものを次々と生み出し、近代日本の礎を築きました。 一貫性のない生き方のように見えて、その道は、幼き頃より学び続けた「論語」の精神に貫かれていました。 信念のため、たとえ形を変えてでも逆境を乗り越え、確かなものを築いた生きざまは実にエネルギッシュです。 少子高齢化が進み、人口減少に拍車がかかる日本。 右肩上がりの成長が期待できない時代に、私たちはどう歩むべきなのか……。 逆境の中でこそ力を発揮した渋沢栄一の人生を見つめることで、私たちの生きるヒントがきっと見つかるはずです。 【青天を衝け・ドラマのあらすじ】 官尊民卑なんて、くそくらえ。 百姓からの脱却を決意! 渋沢栄一は、藍染めの原料となる藍玉づくりと養蚕を営む百姓の家に生まれた。 頭の回転は早いが、大人や権力にものおじしないやんちゃ坊主に育つ。 商才に長けた父・市郎右衛門の背中に学び、栄一は商売の面白さに目覚めていった。 しかし17歳の頃、人生を変える最初の事件が起こる。 御用金を取り立てる代官に刃向かい、理不尽に罵倒されたのだ。 栄一は、官尊民卑がはびこる幕府の身分制度に怒りを覚え、決意する。 「虐げられる百姓のままでは終われない。 武士になる!」。 目指せ、攘夷の志士! ところが計画中止、追われる身へ……。 栄一は、従兄 いとこ の惇忠 じゅんちゅう や喜作と共に、尊皇攘夷に傾倒していく。 栄一らは江戸に出入りして同志を集め、ある暴挙を企てた。 高崎城を乗っ取り、横浜の外国人居留地を焼き討ちするという一大攘夷計画だ。 ところが、京の情勢に通じた惇忠の弟・長七郎の猛反対にあい、実行前夜にしてあえなく断念。 逆に幕府に追われる立場となり、喜作と共に京へ逃げる。 そんな彼らに助け船を出したのは、一橋慶喜の側近・平岡円四郎だ。 一橋家の家臣となるか、幕府に捕らわれて死ぬか、という二者択一を迫られる。 心ならずも幕臣に。 パリ行きが人生を開く! 栄一は持ち前の商才で一橋家の財政改革に手腕を発揮し、慶喜の信頼を得る。 ところが、慶喜が将軍を継承したことで、倒幕を目指すどころか幕臣になってしまった。 失意の栄一に、またとない転機が訪れる。 パリ万国博覧会の随員に選ばれたのだ。 産業発展めざましいフランスに渡った栄一は、「株式会社」と「バンク」の仕組みを知り、さらに官と民が平等である社会に大きな衝撃を受ける。 「攘夷なんてとんでもない。 民間が力を発揮する西洋の国づくりを日本も吸収すべきだ!」。 そんな折、日本から大政奉還の知らせが届き、無念の帰国へ……。 まさかの新政府入りで、続々改革。 33歳でいよいよ民間へ。 帰国後、様変わりした日本に衝撃を受ける栄一。 約260年続いていた徳川の時代はすでに終わり、惇忠や喜作は「彰義隊 しょうぎたい 」を結成。 戊辰戦争、そして函館戦争と新政府軍との戦闘を続けていた。 栄一は、静岡で隠棲 いんせい する慶喜と再会し、身をやつした姿に涙する。 そして、民間に身を置きながら、慶喜をそばで支えることを決意した。 しかし突然、明治新政府から大蔵省への仕官を命じられて上京。 「改正掛 かいせいがかり 」を立ち上げ、租税・鉄道・貨幣制度など次々と改革を推し進めること3年半。 栄一はある決意を胸に辞表を提出した。 この時、33歳。 いよいよ、栄一の目指す民間改革が始まるのだった……! 【作・大森美香さんからのメッセージ】 ずっと「幕末ドラマを今までにない目線で描けないか」と、考えておりました。 そこで渋沢さんです。 近代の実業家として有名な渋沢栄一さんですが、そうなる以前は埼玉深谷の【農民】、またある時は農作物を売る【商人】、またある時は【尊王攘夷の志士】、またある時は将軍に仕える【幕臣(武士)】として、幕末から新時代の荒波を生き抜いた貴重な方です。 2015年の連続テレビ小説『あさが来た』では渋沢さんを、主人公を導く【銀行の神様】として描かせていただきましたが、今度は神様ではない、青空を衝く勢いで時代を駆け抜けた、血気盛んな人間味あふれる一人の男として、カッコいい面も、そうでない面も、丁寧に描いて行けたらと思っています。 渋沢さんの奥様、千代さんをはじめ、家族や親戚、主君や同志、職場の先輩後輩にも、魅力的な人物がたくさん登場します。 彼らの生きていた時代が、そのまま百数十年経った令和の今と繋がっていると感じられるような臨場感あふれるドラマを、毎週お届け出来るように、吉沢さんやスタッフ、キャストの皆様と駆け抜けたいと思います。 2021年、どうぞよろしくお願いいたします。 【大森美香さんのプロフィール】 福岡県生まれ。 テレビ局勤務を経て、脚本家になる。 2005年「不機嫌なジーン」で第23回向田邦子賞を史上最年少で受賞。 脚本家のほか、映画監督や小説家としても活躍。 NHKでは、連続テレビ小説「風のハルカ」「あさが来た」の他、多数の脚本を手がける。 2016年「あさが来た」で第24回橋田賞を受賞。 2017年「眩 くらら 〜北斎の娘〜」は文化庁芸術祭大賞や東京ドラマアウォードグランプリなどを受賞した。 大河ドラマの執筆は今回が初。 【主演・吉沢亮さんのプロフィール】 1994年生まれ、東京都出身。 特技は剣道で二段の腕前。 「仮面ライダーフォーゼ」シリーズで注目を浴び、その後数々のテレビドラマ・映画に出演。 「リバーズ・エッジ」で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。 2019年の映画「キングダム」では、若き王・嬴政と奴隷の少年・漂の二役を熱演。 連続テレビ小説「なつぞら」では、ヒロインの幼なじみ・天陽役が大反響を呼んだ。 大河ドラマへの出演は今作が初めてとなる。 【制作統括・菓子浩からのメッセージ】 皆さんは、渋沢栄一と聞いてどんなイメージが浮かびますか? 「雲の上の経済人」「順風満帆な成功者」、あるいはもっと単純に「お札の人」という答えが返ってくるかもしれません。 でも、実はそれだけじゃないんです。 なぜかいつも苦境に立たされ、倒れそうになりながらも踏ん張って確かな成果を残していく。 まるで「おきあがりこぼし」のような人生でした。 その最大の武器は「誠意」。 頼まれるとどこにでも飛んで行って力を貸す。 その人柄が人を引きつけ、数々の偉業を成し遂げたのです。 そんな愛すべき人物を、「青春」というキーワードでみずみずしく描きたいと考えています。 脚本の大森さんは、上質なエンターテイメントを作り上げる名手。 そして、主演の吉沢さんは、硬軟自在な演技で魅せる実力派。 骨太な人間ドラマが生まれると確信しています。 2021年、エネルギッシュでチャーミングな渋沢栄一と一緒に、激動の幕末・明治を旅しましょう! 「青天を衝け」どうぞご期待ください! 【渋沢栄一 しぶさわ・えいいち って?】 渋沢栄一は1840(天保11)年、武蔵国榛沢 はんざわ 郡血洗島 ちあらいじま 村(現:埼玉県深谷市)の百姓の家に生まれた。 幼い頃から家業である藍玉の製造・販売や養蚕を手伝い、商才を磨く。 農民から攘夷の志士を目指し、一橋家の家臣から幕臣、明治新政府への仕官を経て、実業家に転身。 幕臣として渡ったパリ時代に、株式会社(後に合本組織と命名)やバンクの仕組みを学び、帰国後に合本組織「商法会所」を立ち上げ、日本初の銀行「第一国立銀行」の設立に尽力した。 生涯で約500の企業の育成に関わり、女子教育の普及など約600もの社会公共事業に貢献。 また、徳川慶喜には生涯忠義を尽くし、晩年には伝記を編纂 さん するなど慶喜の名誉回復に務めた。 享年91。 【タイトル「青天を衝け」について】 若き栄一が、藍玉を売るため信州に旅したとき、険しい内山峡で詠んだ漢詩の一節からとりました。 「勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征」 (青空をつきさす勢いで肘をまくって登り、白雲をつきぬける気力で手に唾して進む) 逆境に負けることなく突き進んだ栄一の人生とも重なります。 【放送予定】2021年1月から 【制作統括】菓子浩 福岡利武 【プロデューサー】板垣麻衣子 【演出】黒崎博 渡辺哲也ほか 新着記事• Javascriptを有効にしてください。 カテゴリーから選ぶ 開く• 月別から選ぶ 2020年 開く• 2019年 開く• 2018年 開く• 2017年 開く• 2016年 開く• 2015年 開く• 2014年 開く• 2013年 開く• 2012年 開く• 2011年 開く• 2010年 開く• 2009年 開く• 2008年 開く• 2007年 開く• 2006年 開く• 2005年 開く• 2004年 開く• 2003年 開く•

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渋沢栄一ゆかりの地9選 2021年大河ドラマで注目の史跡めぐり

大河 ドラマ 渋沢 栄一

タイトルの由来は、若き栄一が藍玉を売るために信州に旅したとき、険しい内山峡で読んだ漢詩の一節『勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征』(青空をつきさす勢いで肘をまくって登り、白雲をつきぬける気力で手に唾して進む)からとられた。 2020年夏クランクイン予定。 会見に登場した吉沢は「歴史ある大河ドラマの60作目の主演をやらせていただくことになり、光栄に思っております。 歴代の大河ドラマの主人公は、名実ともにトップクラスの素晴らしい方が演じてきた印象が強いので、僕にお話をいただけたのは光栄である一方、プレッシャーも尋常じゃないくらいあって、今の真ん中に立って何ができるかという不安はあるが、精一杯やりたい。 渋沢栄一の人生をエンターテインメントとして楽しく届けられるように頑張ります。 よろしくお願いします」とあいさつした。 制作統括の菓子浩氏は「渋沢栄一という愛すべき人物を、『青春』というキーワードでみずみずしく描きたいと考えています。 脚本の大森さんは、上質なエンターテイメントを作り上げる名手。 そして、主演の吉沢さんは、硬軟自在な演技で魅せる実力派。 骨太な人間ドラマが生まれると確信しています。 2021年、エネルギッシュでチャーミングな渋沢栄一と一緒に、激動の幕末・明治を旅しましょう!」とコメントを寄せた。 吉沢は1994年生まれ、東京都出身。 特技は剣道で二段の腕前。 2009年に行われた『アミューズ全国オーディション2009 THE PUSH! マン』で受賞しデビュー。 『仮面ライダーフォーゼ』(11年)の朔田流星/仮面ライダーメテオ役で注目を浴びた。 映画『リバース・エッジ』(18年)で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。 放送中の連続テレビ小説『なつぞら』ではヒロインの幼なじみ・天陽役が大きな反響を呼んだ。 脚本家の大森氏は、2015年後期NHK連続テレビ小説『あさが来た』のほか、『ランチの女王』『不機嫌なジーン』、映画『デトロイト・メタル・シティ』『カイジ 人生逆転ゲーム』『宇宙兄弟』などを手掛けている。 大河ドラマは現在『いだてん~東京オリムピック噺~』が放送中。 来年は主演の『麒麟がくる』が放送される。

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