レッド ドラゴン 富士山。 赤く染まった富士山に雲龍が舞い上がるレッドドラゴンの写真|NEWSポストセブン

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レッド ドラゴン 富士山

映画化もされた大人気漫画『ドラゴンヘッド』! 原因不明の災害によって戸惑う人間模様を描いた作品なのですが、今更ながら最終回が凄すぎる・・・と個人的に思ってしまいました! では、どのよう最終回の結末だったのでしょうか・・・• ドラゴンヘッドってどんな作品!? 『ドラゴンヘッド』は、望月峯太郎による日本の漫画作品で、『週刊ヤングマガジン』にて連載されていました。 2003年には妻夫木さんが主演で映画化もされ大ヒットになった作品ですが、内容はとてもネガティブな要素がいっぱいの作品です・・・ ドラゴンヘッドのあらすじ 主人公の青木輝(テル)は修学旅行からの帰り道、突如発生した謎の大地震により、乗車していた新幹線がトンネルで脱線事故に・・・ 出入り口は崩壊し、外界と完全に遮断されたトンネル内で、3人の生存者、テル、アコ、ノブオの三人は救助の可能性に望みをかけて絶望的な状況を生きのびる術を模索する。 そしてなんとか外の世界に出る事が成功したのだが、外の世界も荒廃した世界だった・・・ 何もかもが無くなって秩序もルールも無い世界で精一杯生きる人間たちの運命は!? 災害の正体とは一体・・・ 死と表裏一体の極限状態に追い込まれた少年達の苦悩とそれに伴う狂気と暴力、災害で荒廃した世界を背景に人間の本質と「究極の恐怖」がここに! ドラゴンヘッドの謎の数々! 謎の災害や途中に登場するキャラクターなどドラゴンヘッドの作中には様々な謎が数多くあります。 今回はドラゴンヘッドの中のいくつかの謎を自分なりに考察をしてみました。 ドラゴンヘッドとは!? 作品のタイトルにもなっている『ドラゴンヘッド』! この意味を象徴するようなキャラがこの『傷頭』こと『菊池』の存在。 彼は、脳の海馬と偏頭体を手術によって摘出されています。 そのため頭に大きな傷があるのですが、彼は手術によって恐怖心という感情が無くなっています。 しかしアコに対して唯一話した謎の言葉『リュウズ』 この菊池達のように頭を手術した集団のリーダーも登場して『恐怖』という言葉について話しているシーンもあります。 この事から災害の正体は『富士山の噴火』ではないかと多くの方も予想しています。 作中でははっきりと描かれていないですが、占いの世界では大地の気の流れを表す『龍脈』という言葉があり、タイトルのドラゴンヘッドにも結び付きます。 この龍脈は日本列島を一直線に横切っているようですので、富士山による龍脈の乱れというのが一番しっくりくるのではないでしょうか・・・ 結末の描写の意味は一体!? 最終回の最後のページはこのようなページで終わっています。 テルの生きる決意と共に徐々に災害の灰で覆われた日本列島をズームアウトして真っ黒のページで最後を迎えるのですが、この日本列島の絵は果たしてどういう意味が描かれてるのでしょうか・・・ 真っ黒な最後のページは読者に対してこの後の未来は想像をしてください!という感じなのでしょうか・・・ 本当の恐怖を伝える漫画! この漫画の本当の意味は『恐怖』という人それぞれが全く違う考え方を持つ感情を描いている作品だと思います。 登場する人物達はそれぞれ違う物に対して恐怖を感じています。 ノブオは見えない闇の中にいる何か? 自衛隊の仁村は傍観者でクールに装いながらも次第に焦りや先の見えない状況に恐怖を覚えるシーンが後半は多くなります。 アコは誰かが自分のそばからいなくなる恐怖。 そして恐怖を忘れようと何かにすがる人たちや、恐怖を打ち消すための手術や非常食など、どの話でも恐怖という感情がポイントになっています。 クッキーによりログを収集し、Google社のプライバシーポリシーに基づいて個人を特定する情報を含まずに管理されます。 このような広告配信事業者は、ユーザーの興味に応じた商品やサービスの広告を表示するため、当サイトや他サイトへのアクセスに関する情報Cookie 氏名、住所、メール アドレス、電話番号は含まれません を使用することがあります。 Cookie(クッキー)を無効にする設定およびGoogleアドセンスに関する詳細は「広告 — ポリシーと規約 — Google」をご覧ください。

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レッド ドラゴン 富士山

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ドラゴンヘッドのハウス

レッド ドラゴン 富士山

それでは、そんな奇跡の一枚を撮るに至った経緯についてお話いただきました。 僕も富士山は昔からすごく好きで、事ある毎に撮っていたんですが、2006年ぐらいに急にすごく撮りたくなったんですよね。 そう思う気持ちになったのは、僕がそういう年齢や時期になっていたからだと思うんですよね。 それは、行きたいという気持ちがあるから、そういう夢をよく見るようになったと思うんですが、そこから頻繁に通ってたんですね。 ある日、いつも以上に『行きたい』と思っていたときに、富士山の不思議でキレイな夢を見たんですね。 そこで助手に急遽、『明日の早朝に行くぞ!』っていう電話をして、午前3時ころに出発して、精進湖に着きました。 ここは、向かって左側から逆光気味に光が入ることで、富士山が鋭角に写ってキレイだということを聞いてたので、そこにしたんですが、その日は2月6日だったので、湖自体が凍ってたんですよ。 『ここで、明け方の富士山を撮りたい』と思って行ったら、風のない穏やかな朝だったんですが、明るくなっていくうちに、雲が裾野から湧き上がってきたんですけど、その雲の姿が龍に見えたんですよね。 差し込んでくる光が強くなっていくにつれ、ますます龍の形になってきて、その姿を写真撮ったんですけど、その龍が自分の想像だけだったら嫌だと思っていたので、助手に『あれ、龍に見えない?』って質問したら、二人の助手が『見えますね!』って答えてくれるんですよ。 そこから『撮らないと!』と思って、我を忘れるように写真を撮ってましたね。 時間にすると5〜6分だったと思いますが、風がなかったので、長時間撮ることができたんですよ。 雲を撮っていると、普通は1〜2分ぐらいで形がなくなっちゃうんですが、そのときはすごく長い時間撮ることができた記憶がありましたね。 それと同時に、たくさんの写真も残せました。 家に帰って、その写真を改めて見ると、龍が裾野から現れてきて、踊っているような風景を撮れたことに、驚きと感動がこみ上げてきましたね。 「この写真は、光が斜めから来ているんですよ。 太陽が雲の斜め後ろから透過するような感じで入ってきたので、ああいう写真になりました。 それも含めて、撮った写真の中で一番シャープでキレイだったものをメインにもってきてます。 子供って、空や雲を見るのが好きじゃないですか。 その習慣が大人になってからも残っていたのか、過去の作品を見ていると、風景写真の中に雲が入っていることが多いんですよ。 なので、意識はしていないけど、空や雲を見たり、その風景を楽しんだり撮ったりする習慣があったので、空や雲に対する親しみが昔からあったんですね。 ただ、写真集の前書きか後書きに書いたことなんですが、レッドドラゴンを撮る5年ぐらい前に、京都の天龍寺にある龍の天井画を加山又造画伯が描かれたときに撮影に行ってたんですよ。 それまで、加山先生の記録をずっと撮っていたんですが、加山先生がその龍の目を入れた瞬間、ちゃんと固定してあった三脚の脚が一本崩れたんですよ。 すると、カメラが螺旋状に崩れていくんですよ。 その瞬間、一応シャッターを押しているんですが、『すごい失敗をしちゃったなぁ』って思いましたね。 当時はフィルムで撮影をしていたので、帰って現像するまで分からなかったんですが、現像してみると、その龍の絵がまるで踊ってるみたいに写ってるんですよ。 その写真も、写真集の中に小さく入れているんですが、それがあってから、空を意識して見るようにしたら、夕方の黒い空の中に雲があって、その黒い雲の中に隙間があって、その隙間に光が差し込んできたところに、稲妻のような龍が踊ってたりするんですよね。 今年62回目を迎えるこの式年遷宮は、1300年以上続いています。 今回の式年遷宮は、今年10月にクライマックスを迎えますが、実は材木などを切り出す行事は2005年から始まっていて、宮澤さんは8年前から、トータルで100回以上は伊勢神宮に通ってらっしゃいます。 そんな宮澤さんに、伊勢神宮の中で一番好きな場所がどこか、お聞きしました。 「たくさんあるんですけど、五十鈴川を渡るための宇治橋があるんですが、橋を渡ってすぐ左に行くと、内側に入っていけるところがあるんですが、そこでは宇治橋の全貌が見えるんですよ。 橋って、普通では渡った感覚しかないから、平面的にしか見えないじゃないですか。 でも実は、あの橋は船大工の方が作ったので、船の形をしているんですよ。 僕はその橋の仕組みや木の枠組みなどがすごく好きなんですよね。 もちろん、御正宮も美しいですけど、その宇治橋と五十鈴川のバランスがすごくキレイなので、僕は参道を歩く前に、そこでしばらく心を整えるんですね。 橋を渡ることにおいて、川で手を洗って清めるというのもありますが、僕は川を見ながら橋を渡ったり、橋を渡った後に感慨深い想いで川を見たりすることで、自分の心を一度リセットして、参道を歩くようにしています。 だから、そこは聖域に入った一番最初のところなので、僕は一番大切にしていて、伊勢神宮に来たら、都会などから持ってきたストレスなどを、そこから川に流して、気持ちを落ち着かせてから、参道をゆっくり歩くようにしています。 今の時期は午前6時ころから、夏場だと午前5時ころからといった感じで、時期によって時間帯は違いますので、事前に調べていただくといいんですが、早朝参拝は人が少なくて、伊勢の森を五感全てで感じることができますので、場所は限定せずに、その時間帯に行って、見て、感じてほしいですね。 伊勢神宮は森と共存してきているので、森の素晴らしさ・ありがたさを感じますよね。 その米作りから伊勢神宮の歴史が始まっていると思うんですが、お米を作るということは、清らかで美味しい水が必要になってくるんですよ。 森で作られた清らかな水を山が運んできて、田畑に与え、お米や果物を育てた後、海に流れていくんですよ。 上質な水と海水が混ざることで、ものすごく栄養が含んだ水になるんですよ。 それを摂取して、海産物がたくさん育つんですよね。 その後に、その水が水蒸気となって、空に上がっていき、雨に変わって山に降るんですよ。 その雨を森が九州して、水を作り、川となるわけですよ。 その繰り返しが米作りには必要になってくるんですね。 ということは、どこの自然と共存していかないといけないのかと考えたら、今の伊勢神宮の土地があったんですよね。 その原点の一つとして、あの森が存在しているんですよ。 だから、『あの森に入ると落ち着く』と思うのは、美しいエコロジーの森があって、日本人の原風景がそこにあるからだと思いますね。 「ある日、伊勢神宮の御神官の方に『宮澤さん、あなたは今も息をしているじゃないですか。 この空気さえ、神様は誰に与えるか与えないかといった差別は一切なく、平等に与えているじゃないですか。 そういうことを、ここでは感じることができるんですよ』って言われたときに『なるほどな』って思いましたね。 ある意味で、僕たちは生かされているんだなって思いましたね。 』って思いましたね。 魂の尊さや人々の美しさって、なかなか出ないじゃないですか。 でも、伊勢神宮に行くと、そういうことが少しでも感じられると思うんですよね。 今の若い子たちで伊勢神宮に行く人がすごく多いんですよ。 特に女性が多いんですよ。 それは、今の日本にある閉塞感の中で何かを求めているからだと思うんですね。 そういうものが皆さんの中に行き渡っているんですが、その断片を再発見したいと思ったときに、伊勢神宮に行けば、そのヒントを得られるのかなって思いますね。 日本人としてのアイデンティティをすごく感じるし、『自分はこんなにも素晴らしい国に生まれたんだ! 日本人の民度って、こんなにも高かったんだ!』っていうことを再認識できて、きっとこれから生きていく上で自信になると思うんですよね。 僕はあそこで何かをお願いするという気にはあまりなれなくて、あそこに行って、何かを感じることができれば、それだけで自分に対する褒美だと思いますし、何度も行くことができないのであれば、その思いを心に閉まっておけばいいし、行きたいと思えば行けばいいんですよ。 「そうですね。 参拝者が1000万人を越えるんじゃないかと言われているぐらいの大ブームで、月曜日の午前中に行ってもすごい人の数なので、大変だと思いますが、今年行っておいた方がいいのかどうかは分かりません。 行きたいときに行けばいいんじゃないかと思っています。 なぜなら、伊勢神宮はどこにも行かないですし、20年後にはまた同じことを繰り返します。 ただ、一つだけ違うとすれば、最新で20年ですからね。 ピラミッドやパルテノン神殿、万里の長城といった石の文化だと、一回で永遠を求めようとしますが、伊勢神宮は世界のどこにもない、20年に1回、新しくすることで歴史を繰り返してきているんですよね。 伊勢神宮ができたのは2000年前なので、2000年前に作られた形を、現代にもってきているというところを考えれば、いつ行っても待っていてくれるし、いつ行っても姿は変わらないんですよね。 僕は、伊勢神宮に100回以上行っているというところもあると思いますが、日本中どこにいても伊勢神宮に戻ることができるんですよね。 『いつかあの森に戻るんだ』という感じで伊勢神宮のことを思えば、どこかの山や森に行ったときに、伊勢神宮の森に行ったことがない人は『一度行ってみたいな』と思えばいいし、行ったことがある人は『伊勢神宮の空気を感じられる』と思ってくれればいいので、そういった感じで、心のどこかで伊勢神宮を想っていれば、それでいいのかなって思いますね。

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