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工藝素材研究所: 我谷盆ワークショップ

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監督のことば 半世紀以上前に北朝鮮からソ連へ亡命し、中央アジアへと移動した8名の足跡を辿るのは困難であった。 彼らは北朝鮮出身の若きエリートで、1950年代にモスクワ映画大学で学び、金日成を批判しソビエト連邦へ亡命した後、仕事と住まいを探すのにたいへんに苦労していた。 幾人かは映画監督、撮影監督、作家として名を残したが、他の人たちは無名に終わるか、貧しいままで亡くなっていった。 彼らは朝鮮戦争、南北朝鮮分断、金日成、そしてスターリンの目撃者でもある。 本作は、権力に抵抗した若者たちを考察することになり、同時に、彼らを蘇らせ、彼らに語らせる手段ともなるに違いない。 製作に着手した際には、すでに7名が亡くなっていた。 現在生存者はただひとりである。 最後のサバイバーだ。 本作はユーラシア大陸をめぐる大きな敗北と小さな勝利についての壮大な物語であり、南北朝鮮分断と再統合についての考察を迫ることだろう。 キム・ジョンフン 映画監督。 朝鮮戦争では迫撃砲中隊小隊長として戦う。 亡命後、ムルマンスクに分散移住させられた後、ハン・デヨン、チェ・グギン、ヤン・ウィンシクとともにカザフスタン南部のアルマトイに定住し、カザフフィルムに。 本作韓国公開時の唯一の生存者。 チェ・グギン 映画監督。 8真では最年長。 1934年両親と中国に移住し人民解放軍に入隊、1948年に北朝鮮に戻り、北朝鮮初の劇映画「わが故郷」で俳優デビュー。 亡命後は、カザフフィルムの劇映画部門に。 「龍の年」を共同監督。 1987年「チョカン・ワリハーノフ」で芸術・文化部門国家賞受賞。 本作最後のインタビューを終えた後、2015年5月に死去。 ハン・デヨン (ハン・ジン) 金日成総合大学でロシア語専攻だったため留学生に授業内容を朝鮮語に翻訳していた。 亡命後、ロシア人女性ジナイダ・イワノフナと結婚、カザフスタンでレーニン・キチ新聞社(現・高麗日報)にて執筆活動開始。 1962年に短編小説「ムクドリ」を発表。 高麗人2世の文学をリード。 1946年「継母」の公演後、高麗劇場の文芸部長に。 イ・ギョンジン 1958年に一時居住証が与えられたのち、モスクワ近郊へ分散移住させられた。 ロシアで死去。 ホ・ウンベ モスクワ映画大学在学中の1957年11月27日、朝鮮留学生大会に参加し、金日成の個人崇拝を批判して失踪。 大使館の追跡と説得により自主的に戻ったところ、すぐに監禁されたが、大使館のトイレの窓から逃げ、地下鉄の駅員に助けを請うた。 ソ連当局に引き渡され、医科大学に留学していた恋人(チェ・ソノク)と共に亡命。 在ロシア高麗人協会会長や高麗日報会長を務めた。 1997年モスクワで死去。 チョン・リング 1958年に8月に一時居住証が与えられた後、シベリアのイルクーツクへ分散移住させられた。 ロシアで死去。 イ・ジンファン 1958年に8月に一時居住証が与えられたのち、ウクライナのドネツクへ分散移住させられた。 ロシアで死去。 ヤン・ウォンシク 1958年にスターリングラードへ分散移住させられた後、ハン・デヨン、チェ・グギン、キム・ジョンフンと共にカザフスタンに定住し、カザフフィルムのドキュメンタリー部門で、ドキュメンタリー映画を監督。 カザフスタン高麗日報ハングル版の主筆も務めたが、2006年にカザフスタンのアルマトイで暴漢に刺殺された。 監督プロフィール キム・ソヨン Kim So-young 1961年生まれ。 韓国芸術綜合大学の教授でもあり、フェミニストの観点による映画評論も執筆。 韓国映画アカデミー第1期卒業生。 国内外で多数の上映実績がある。

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我谷盆をつくる 〜グリーンウッドワーク・プレミアム講座〜 : 岐阜県立森林文化アカデミー

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母を誘って、の「の館」でやっている我谷盆の展示を見てきた。 昭和33年にダムに水没した山中の我谷いう集落で作られていたお盆です。 栗財をノミでざっくりと彫りあげて形作るようです。 ノミのあとが素朴でいい感じです。 古くなって黒ずんだ様子もいかにも日々の生活に使っているようで、できればひとつ手に入れたいと思いつつ眺める。 思いのほかたくさんの人がお越しでした。 地元の山中関係の方とおぼしきひとが、大きなお盆を前にしてお連れの方に、「盆といいうものは中心を少し凹まさないといかんのや。 まっ平だと真ん中が盛り上がって見えるので、少し窪ませるとバランスよく平に見えるんや。 」と説明してるのを横で聞いていた。 なるほど、そういわれれば横から見ると確かに真ん中を凹ませてあった。 即売会では小さなお盆が15,000円で売っていた。 金沢の切り工芸のお盆か、我谷盆かのどちらかをいつか買いたい。 会場の「の館」は以前は旅館として使っていた建物で、かなり由緒ある建物のようです。 benton.

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岐阜県立森林文化アカデミーにて「グリーンウッドワーク」を体験しました。 グリーンウッド(GREEN WOOD)」 は「生木」を意味します。 「生木」とは、森から伐採したばかりの 乾燥していない木のことです。 その生木を伝統的な手工具を使い(大型機械や電動工具は使いません)割ったり 削ったりしながら小物や家具をつくる ものづくりを「グリーンウッドワーク」 といいます。 NPO法人グリーンウッドワーク協会HPより 乾燥させた木を使って・・・の木工品が圧倒的に多いと思っていたのですが、 イギリスでは生木から作る方が歴史も長い、という事実に、まず驚く。 我谷盆(わがたぼん)とは何か・・・記すことすら恐れ多いのでリンク貼ります。 若い頃から「日本民藝」の世界感がたまらなく好きで、 文章内の「黒田辰秋」の4文字に大興奮し、受講を申し込みました。 栗の生木。 道具は、蚤と木槌のみ。 森口信一さん。 その技術はもちろん、「継承」に対する思いも深く、感銘を受けました。 作業後の、至福の一杯!! 黒田辰秋さんのお孫さんにお酌していただき、もう感無量でした。 なんと大学内に宿泊施設が! 全国から集まった受講生と、遅くまで大いに語らいました。 息子たちも、森のなかで目一杯遊ぶ「プレイパーク」で、度々お世話になってます。

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