人は考える葦である。 「考える葦」を文脈から読む/パスカル「パンセ」

人は考える葦である

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考察 葦(よし)とは、イネ科の植物である。 () 別にパスカルは、葦以外の物で例えても良かったわけであり、葦にこだわる必要はない。 人間も葦も、ライオンも鳥も、アリもたんぽぽも、『一本の葦』と同じく『 自然のうちで最も弱いもの』なのだ。 『自然のうちで最も』と言っているのに、その『最も』がこうも多く当てはまるなら、一体どれが『最も弱い』のか、という疑問が浮かんでしまうが、それは話が逸れてしまっている。 ここまで考えれば、この『葦』はただの例えで表現されたことがわかるはずだ。 人間もその他の生命も、同じように『 一本の葦と同じく、弱い存在』なのである。 それは野に咲く花と同じ。 風が吹けば散るのが運命だ。 女も男も皆同じ。 だが、その『最も弱いそれぞれの生命』の中で、 『考えることが出来る』のは、人間だけである。 だとしたら群を抜く。 文字通り、横一線に並ぶその群から、頭一つ抜けた存在が、人間なのである。 だとしたらその唯一その他の生命に差をつける『抜群』の能力、『考える』ということは、とても貴重だ。 私は10代の頃、『考えること』を放棄した時期があるが、あの時はあまり『人生を生きている』という実感が無かった。 空虚で、空っぽで、物足りない。 しかし 父親の死に直面して思考を取り戻した時、私の目からはしばらく封印していたはずの涙が一つ、こぼれた。 それは、『考えた』からだ。 父親との思い出を。 忌み嫌っていたはずの彼の人生の尊さを。 今日も明日も、考え抜こうではないか。 それが人生を生き貫いてみせる、人間の意地であり、意志だ。

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パスカルの「人間は考える葦である」の葦ってどういう意味ですか? 歩

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「人間は考える葦である」の続きの言葉 人間は考える葦である……… 「人間は考える葦である」、実は この言葉には 続きがあります。 『人間は一本の葦にすぎない。 自然の中でもっとも弱いものである。 だが、それは考える葦である。 これを押しつぶすには、全宇宙が武装する必要はない。 一吹きの気、一滴の水だけで、殺すには十分である。 だが、たとえ宇宙が押しつぶそうと、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。 なぜなら人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからである。 宇宙は何も知らない。 だから、われわれの尊厳のすべては考えることにある。 われわれが立ち上がらねばならないのはまさにそこからであって、われわれが満たすことのできない時間や空間からではない。 だから、よく考えるようにつとめようではないか。 そこに道徳の原理がある。 347, L. 200 』 ブレーズ・パスカル『パンセ』(戸口民也訳) という趣旨の言葉が続きます。 自然界の中で最も弱いものの一つである。 しかし、それは 考えることができる葦である。 だから 人間の尊厳は考えることにある。 考える努力をしよう。 人間は弱い、しかし考えることが出来る 人間は、ほかの動物と比べると、身体的に優位な特徴がありません。 すべての動物を人間サイズにした場合、 あらゆる動物の中で最も弱い。 それが人間です。 しかし、神は人間に 考える力を与えました。 また、で、神は 火を扱う知惠を人間に与えました。 人間には考える力と知恵があります。 弱いからこそ考え、努力をするのです。 人間の強さ、偉大さは「考えること」にあります。 パスカルは、誰よりも考えてきた人間です。 そんなパスカルの知惠を皆様に授けます。 パスカルってだれ? ブレーズ・パスカル 〖Blaise Pascal〗 1623~1662フランスの思想家・数学者・物理学者。 数学・物理学においては射影幾何学の先駆的業績や流体の圧力に関する原理の発見のほか,真空の存在を立証する実験,計算器の考案,求長・求積法,数学的帰納法の自覚的使用,確率論の端緒となったフェルマーとの文通などで知られる。 著「パンセ」「プロバンシアル」など。 引用元:スーパー大辞林3. 0 C Sanseido Co. , Ltd. 2012 「人間は考える葦(あし)である」で有名ですが、天才的な数学者・物理学者でもありました。 天気予報で有名な「ヘクトパスカル」はパスカルの原理から来てます。 パスカルの名言・格言 自己中心でありすぎても、利他的でありすぎてもいけない 利害と公正 わたしたち 自身の利害というものは、 わたしたちの目を気持ちほどに欺いてくれる素晴らしい道具である。 この世でいちばん中庸のとれた 賢人でも、自分の訴訟の判事になることはできない。 わたしは、こうした自己愛に陥るまいとして、反対のバイアスをかけたために、この世で最も不公正になってしまった人を知っている。 (断章82) 誰だって、自分の 利益不利益に関することを冷静に判断することは出来ません。 自分の利益に関しては自己中心的であるのが普通なのです。 ただし、 自己中心的でありすぎてもいけません。 それはただの野蛮です。 しかし、 利他的でありすぎてもいけません。 自分を殺すだけですし、善し悪しの区別がわかりにくくなります。 大衆の利益に身を委ねると自己を殺すことです。 ではどうすればいいか。 自己を立脚点にする、 自分を基準に考え行動することが大事なのです。 夏目漱石はそれを「 自己 本位」と言いました 参考:夏目漱石「」。 今日が晴れだから、明日も晴れとは限らない 自然と規則性 わたしたちは、ある現象が同じように起こるのを見ると、そこから自然の必然性と言う観念を引きだしてしまう。 ちょうど明日という日が必ず来ると思い込むように。 だが、しばしば、 自然はわたしたちを欺くそして、自らの規則性に従わない。 (断章91) 今日が晴れだから、明日も晴れとは限らない。 今日も生きられていたから、明日も生きられるとは限らない。 今を大切に生きましょう。 偉人も同じ人である、精神が偉大なだけである 偉人と足元 偉人は別段、空中に浮かんでいるわけでも、私たちの社会から隔絶しているわけでもない。 そうなのである。 偉人たちがわたしたちよりも大きいのは、彼らの 頭がわたしたちよりも上のほうにあるからなので、 足のほうは私たちと同じように低いところにある。 足のほうは、偉人たちを わたしたちと同じ水準にあり、同じ大地に立っているのである。 103。 偉人・天才も同じ人間です。 ただ、精神が偉大なだけなのです。 人間は秩序のないオルガンだ 人間というオルガン 一定しないこと———人に接することを、オルガンを弾くようなものと思い込んでいる人がいる。 確かに、それはオルガンである。 しかし、実に奇妙なオルガンで、変わりやすく、反応もまちまちである。 そのパイプは順序だてて並べられていない。 そのため、普通のオルガンしか弾けない人は)この人間と言うオルガンでは和音を奏でられないだろう。 第一、ペダルがどこにあるかを知らなければならない。 人間は機械ではありません。 一人一人に個性があって、 気まぐれで、受け取り方が違います。 誰に対しても同じように接していては、良い人間関係は築けないでしょう。 その人がどんな人かすら知らない、理解していないのですから。 まず、その人を知ろう、 理解しようとする姿勢を持つ。 それから、その人に価値、重要性を見いだし、興味を向けましょう。 「オネットム」と言われるようになれ まっとうな人間 人から、あの人は数学者であるとか説教家であるとか雄弁家であるとか言われるようではいけない。 むしろ、 あの人はオネットム まっとうな人間 と言われるようでなければならない。 わたしが欲しいと思うのは、この普遍的な美質だけだ。 もしある人を見て、その人の著作を思いだすようでは、それは悪い兆候である。 (断章35) 他の人が貴方を褒めるときに「弁護士」「デザイナー」といった 職業、肩書きが出てくるのは良くないです。 「いい人だよ」「立派な人だよ」「すごい人だよ」「彼こそ君子さ」と言われるようでなければなりません。 職業・肩書きがでてくるだけであれば、あなたは中身のない人です。 己自身を知って生活を律する、それ以上に正しいことはない 己自身を知ること 人はおのれ自身を知らなくてはならない。 たとえ、それが真実を見だす助けにならなくても、 少なくとも生活を律するのには役立つ。 そして、これ以上に正しいことはないのだ。 自己を分析しても、本当の自分は結局わからないかも知れません。 しかし、自らの生活を律して、習慣を変えることができます。 習慣は、貴方をより高い次元へ押し上げる怪物です。 よい習慣によって飛躍的に成長をすることが出来ます。 意地悪はしない 人からよく思われたい? あなたは人からよく思われたいと願っているだろうか?なら、自分からそう言ってはいけない(断章44) 相手を大事に扱うと、相手は、自分を大事に扱ってくれます。 自分を大切に扱ってくれる人を、自分の承認欲求を満たしてくれる人を雑に扱うことはありません。 よく思われたいのであれば、よく扱ってもらいたいのであれば、言葉ではなく、自分の 行動で示すのが良いです。 自分がしてもらいたいことを、思ってもらいたいことを、その人にやってあげると良いでしょう。 自分で考えることが大事 人間というは概して、 自分の頭で見つけた理由のほうが、他人の頭で発見された理由よりも深く納得するものだ(断章10).

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「考える葦」豊かな人生を創るために…

人は考える葦である

「人間は考える葦である」の続きの言葉 人間は考える葦である……… 「人間は考える葦である」、実は この言葉には 続きがあります。 『人間は一本の葦にすぎない。 自然の中でもっとも弱いものである。 だが、それは考える葦である。 これを押しつぶすには、全宇宙が武装する必要はない。 一吹きの気、一滴の水だけで、殺すには十分である。 だが、たとえ宇宙が押しつぶそうと、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。 なぜなら人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからである。 宇宙は何も知らない。 だから、われわれの尊厳のすべては考えることにある。 われわれが立ち上がらねばならないのはまさにそこからであって、われわれが満たすことのできない時間や空間からではない。 だから、よく考えるようにつとめようではないか。 そこに道徳の原理がある。 347, L. 200 』 ブレーズ・パスカル『パンセ』(戸口民也訳) という趣旨の言葉が続きます。 自然界の中で最も弱いものの一つである。 しかし、それは 考えることができる葦である。 だから 人間の尊厳は考えることにある。 考える努力をしよう。 人間は弱い、しかし考えることが出来る 人間は、ほかの動物と比べると、身体的に優位な特徴がありません。 すべての動物を人間サイズにした場合、 あらゆる動物の中で最も弱い。 それが人間です。 しかし、神は人間に 考える力を与えました。 また、で、神は 火を扱う知惠を人間に与えました。 人間には考える力と知恵があります。 弱いからこそ考え、努力をするのです。 人間の強さ、偉大さは「考えること」にあります。 パスカルは、誰よりも考えてきた人間です。 そんなパスカルの知惠を皆様に授けます。 パスカルってだれ? ブレーズ・パスカル 〖Blaise Pascal〗 1623~1662フランスの思想家・数学者・物理学者。 数学・物理学においては射影幾何学の先駆的業績や流体の圧力に関する原理の発見のほか,真空の存在を立証する実験,計算器の考案,求長・求積法,数学的帰納法の自覚的使用,確率論の端緒となったフェルマーとの文通などで知られる。 著「パンセ」「プロバンシアル」など。 引用元:スーパー大辞林3. 0 C Sanseido Co. , Ltd. 2012 「人間は考える葦(あし)である」で有名ですが、天才的な数学者・物理学者でもありました。 天気予報で有名な「ヘクトパスカル」はパスカルの原理から来てます。 パスカルの名言・格言 自己中心でありすぎても、利他的でありすぎてもいけない 利害と公正 わたしたち 自身の利害というものは、 わたしたちの目を気持ちほどに欺いてくれる素晴らしい道具である。 この世でいちばん中庸のとれた 賢人でも、自分の訴訟の判事になることはできない。 わたしは、こうした自己愛に陥るまいとして、反対のバイアスをかけたために、この世で最も不公正になってしまった人を知っている。 (断章82) 誰だって、自分の 利益不利益に関することを冷静に判断することは出来ません。 自分の利益に関しては自己中心的であるのが普通なのです。 ただし、 自己中心的でありすぎてもいけません。 それはただの野蛮です。 しかし、 利他的でありすぎてもいけません。 自分を殺すだけですし、善し悪しの区別がわかりにくくなります。 大衆の利益に身を委ねると自己を殺すことです。 ではどうすればいいか。 自己を立脚点にする、 自分を基準に考え行動することが大事なのです。 夏目漱石はそれを「 自己 本位」と言いました 参考:夏目漱石「」。 今日が晴れだから、明日も晴れとは限らない 自然と規則性 わたしたちは、ある現象が同じように起こるのを見ると、そこから自然の必然性と言う観念を引きだしてしまう。 ちょうど明日という日が必ず来ると思い込むように。 だが、しばしば、 自然はわたしたちを欺くそして、自らの規則性に従わない。 (断章91) 今日が晴れだから、明日も晴れとは限らない。 今日も生きられていたから、明日も生きられるとは限らない。 今を大切に生きましょう。 偉人も同じ人である、精神が偉大なだけである 偉人と足元 偉人は別段、空中に浮かんでいるわけでも、私たちの社会から隔絶しているわけでもない。 そうなのである。 偉人たちがわたしたちよりも大きいのは、彼らの 頭がわたしたちよりも上のほうにあるからなので、 足のほうは私たちと同じように低いところにある。 足のほうは、偉人たちを わたしたちと同じ水準にあり、同じ大地に立っているのである。 103。 偉人・天才も同じ人間です。 ただ、精神が偉大なだけなのです。 人間は秩序のないオルガンだ 人間というオルガン 一定しないこと———人に接することを、オルガンを弾くようなものと思い込んでいる人がいる。 確かに、それはオルガンである。 しかし、実に奇妙なオルガンで、変わりやすく、反応もまちまちである。 そのパイプは順序だてて並べられていない。 そのため、普通のオルガンしか弾けない人は)この人間と言うオルガンでは和音を奏でられないだろう。 第一、ペダルがどこにあるかを知らなければならない。 人間は機械ではありません。 一人一人に個性があって、 気まぐれで、受け取り方が違います。 誰に対しても同じように接していては、良い人間関係は築けないでしょう。 その人がどんな人かすら知らない、理解していないのですから。 まず、その人を知ろう、 理解しようとする姿勢を持つ。 それから、その人に価値、重要性を見いだし、興味を向けましょう。 「オネットム」と言われるようになれ まっとうな人間 人から、あの人は数学者であるとか説教家であるとか雄弁家であるとか言われるようではいけない。 むしろ、 あの人はオネットム まっとうな人間 と言われるようでなければならない。 わたしが欲しいと思うのは、この普遍的な美質だけだ。 もしある人を見て、その人の著作を思いだすようでは、それは悪い兆候である。 (断章35) 他の人が貴方を褒めるときに「弁護士」「デザイナー」といった 職業、肩書きが出てくるのは良くないです。 「いい人だよ」「立派な人だよ」「すごい人だよ」「彼こそ君子さ」と言われるようでなければなりません。 職業・肩書きがでてくるだけであれば、あなたは中身のない人です。 己自身を知って生活を律する、それ以上に正しいことはない 己自身を知ること 人はおのれ自身を知らなくてはならない。 たとえ、それが真実を見だす助けにならなくても、 少なくとも生活を律するのには役立つ。 そして、これ以上に正しいことはないのだ。 自己を分析しても、本当の自分は結局わからないかも知れません。 しかし、自らの生活を律して、習慣を変えることができます。 習慣は、貴方をより高い次元へ押し上げる怪物です。 よい習慣によって飛躍的に成長をすることが出来ます。 意地悪はしない 人からよく思われたい? あなたは人からよく思われたいと願っているだろうか?なら、自分からそう言ってはいけない(断章44) 相手を大事に扱うと、相手は、自分を大事に扱ってくれます。 自分を大切に扱ってくれる人を、自分の承認欲求を満たしてくれる人を雑に扱うことはありません。 よく思われたいのであれば、よく扱ってもらいたいのであれば、言葉ではなく、自分の 行動で示すのが良いです。 自分がしてもらいたいことを、思ってもらいたいことを、その人にやってあげると良いでしょう。 自分で考えることが大事 人間というは概して、 自分の頭で見つけた理由のほうが、他人の頭で発見された理由よりも深く納得するものだ(断章10).

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