コロナ ピーク。 新型コロナ 感染のピークはなぜ3月末なのか

イタリアでのコロナ感染拡大はピークアウトの可能性│TheInvestors

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ハイメ・マニャリッチ()保健相は13日、「最も深刻な措置を発表しなければならない。 サンティアゴ首都圏の完全隔離だ」と述べた。 国内では3万4000人超の感染が確認されているが、このうち80%が首都圏に集中している。 ロックダウンは15日午後10時(日本時間16日午前11時)から施行され、食料品や医薬品の買い出しなど必要不可欠な理由を除き、外出は禁止される。 チリの新型コロナ対策はこれまで、感染例の集中する地区のみを隔離対象としていた。 サンティアゴなど複数の都市で夜間外出禁止令が出てはいたが、都市全体のロックダウンは行っていなかった。 また、チリは新型コロナ検査の実施件数でも人口比で中南米最多を誇り、1日当たり1万4000件を処理。 これまでの累計検査件数は約20万件に上る。 今回の措置では、いったん隔離対象となり後に制限が解除された複数の地区もロックダウンの対象となっている。 政府は先に、1日当たりの新規感染者数が500人前後で推移しているとして、流行は「ピークを越えた」との見方を示していた。 しかし、その直後の5月初旬に医療関係者が感染者数の増加を報告。 さらに数日後には、当局者の口から「サンティアゴの闘い」という言葉が出るようになっていた。 c AFP.

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新型コロナ:ICU、43道府県で不足の恐れ コロナ重症者ピーク時 (写真=ゲッティ共同) :日本経済新聞

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安倍首相は、5月25日に緊急事態宣言を全面解除しました。 49日間にわたる異常事態が、やっと終了することになったのです。 この措置は、当初の4月7日に7都府県だったものが、感染者の急増を受けて4月16日に全都道府県にまで拡大します。 その後は、状況が改善した地域から徐々に解除され、5月25日が最後の日となりました。 騒ぎが一段落したので、これで一息付けそうです。 では、なぜ感染が収束したのでしょうか。 データを丹念に調べていく過程で、興味深い事実が次々と浮かび上がってきました。 ここでは、私自身の備忘録として、今までに発見した内容を書き留めておくことにします。 全体像の整理 大まかに経緯を整理してみましょう。 1月から2月にかけて、中国・武漢から第1波が襲来し、3月末までに収束• その後の3月に欧米で感染が爆発し、その余波で日本に第2波が襲来• 3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国し(当時は邦人帰国者のPCR検査は有症状者のみ)、この状態が水際対策が大幅に強化される4月3日まで続く• これらの無症状者が入国後に発症し、3月末から感染が爆発• 実効再生産数Rtは0. 7~0. 8であったため、感染は4月3日の入国制限措置後に徐々に収束 というのがデータから導き出されたストーリーとなります。 あまりにも単純なので、信じられない人も多いかもしれません。 順を追って説明していきましょう。 中国・武漢の第1波の収束から3月のヨーロッパから第2波の襲来まで 現在の日本で主流のウイルスは、中国・武漢由来のものではなく、欧米からもたらされたものです。 それは、欧米で感染が爆発し、3月末の入国制限措置前までに大量の邦人帰国者が持ち帰ったものなのです。 既に多くの識者が指摘しているので、ここではウイルスのゲノムを調査したを紹介するだけとします。 しかし、厚労省の専門家会議がでは、3月中のウイルスの「輸入例」は300人程度で、1万6,000人もの感染者が発生したことが説明できません。 全国の感染のピークは3月27日ですが、不思議なことにこの理由が何も書いてありません。 わからないものは、そもそも説明のしようがありません。 ベースとなった都道府県の報告を読んでみると、この時期の多くのケースで、感染の経緯が「調査中」となっています。 これは、最前線で対応する保健所のリソースが極めて不足した状態であることを示しています。 感染者への対応が最優先で、統計や報告が後回しになるのはやむを得ないでしょう。 3月に2,000~3,000人の無症状者感染者がノーチェックで入国 混乱している現場の様子を頭に入れて、専門家会議の資料を読み解いていくと、当時の状況が明らかになってきます。 3月からの「流行地域」からの入国制限は、9日の中韓を皮切りに、21日にヨーロッパ、26日にはアメリカ、28日が東南アジアなどと、次々に拡大されていきます。 しかし、PCR検査ができる検疫官は、羽田、成田、関空とも10人程度。 この体制では、検査能力は大幅に不足です。 このためか、にPCR検査が明記されたのは3月25日から。 それ以前は14日間の隔離が中心となっていたようです。 邦人帰国者や外国人のレポートを読んでみると、流行地域に滞在していなければ、自己申告のみで検温も省略されたとのことで、現場の苦しい状況が裏付けられています。 現実に何人ぐらいの無症状者が帰国したのか試算してみましょう。 3月の邦人帰国者は、です。 当時のヨーロッパの感染率は0. 旅行者やビジネスパーソンの多くが都市部に滞在していたはずです。 日本と同じで、どの国でも都市部の感染率は平均の何倍にもなります。 感染者は1,000人より多い2,000~3,000人になっても不思議ではありません。 なお、なぜこの人数が妥当なのかは後述します。 効果はてきめんで、出動後の28日からは、空港検疫でのPCR検査の陽性者数が急増していることがわかります。 謎なのは、のに、2日後のにはほとんど何も書かれていないことです。 また、4月3日にでは、海外からの輸入が疑われる感染者について「直近はやや減少に転じている」と事実に反するようなことが書かれているのです。 そのせいなのか、3月28日の自衛隊の出動は、厚労省からの依頼ではなく、防衛省が「自主派遣」したという形を取っています。 3月末の感染爆発から5月末の収束まで 3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国すると、当然ながら何日か後に感染が爆発します。 ここで気を付けないといけないのは、となることです。 実際にデータを調べると、報告日ベースでの感染のピークは、入国制限措置が強化された3月末から2週間後の4月中旬で、予想とほぼ一致しているのです。 それだけではありません。 感染者数は4月中旬から急速に減少していきます。 シミュレーションの結果、現実のデータと一致する実効再生産数Rtは0. 8、帰国者の感染者は2,000人~3,000人となりました。 これは、第2波の感染者が約1万5,000人であることとほぼ一致します。 新型コロナの感染のピークはなぜ3月末なのか、そしてなぜ急速に収束しつつあるのか。 その理由は、 3月28日に自衛隊が出動し、4月3日に水際対策が大幅に強化されたためなのではないでしょうか。 このことは、この宣言の効果がほとんどなかったことを示唆しています。 3月の東京圏、大阪圏、名古屋圏のデータを比較したところ、入国者数と感染者数の比率の違いは1. 5倍程度なので、この推測は妥当と考えられます。 8とすると、2次感染者は0. 8人、3次感染者は0. 8=0. 64人…になるので、結局1人の感染者から新たに5人が感染することになります。 3月末以降の第2波の感染者は約1万5,000人なので、2,500人の感染者が帰国したとすると、ほぼ現実の数値と一致します。 — 大澤 省次 理系出身で、サラリーマンとして勤務する側、得意とする統計学を使って血液型と性格の相関などを研究中.

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新型コロナ:ICU、43道府県で不足の恐れ コロナ重症者ピーク時 (写真=ゲッティ共同) :日本経済新聞

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安倍首相は、5月25日に緊急事態宣言を全面解除しました。 49日間にわたる異常事態が、やっと終了することになったのです。 この措置は、当初の4月7日に7都府県だったものが、感染者の急増を受けて4月16日に全都道府県にまで拡大します。 その後は、状況が改善した地域から徐々に解除され、5月25日が最後の日となりました。 騒ぎが一段落したので、これで一息付けそうです。 では、なぜ感染が収束したのでしょうか。 データを丹念に調べていく過程で、興味深い事実が次々と浮かび上がってきました。 ここでは、私自身の備忘録として、今までに発見した内容を書き留めておくことにします。 全体像の整理 大まかに経緯を整理してみましょう。 1月から2月にかけて、中国・武漢から第1波が襲来し、3月末までに収束• その後の3月に欧米で感染が爆発し、その余波で日本に第2波が襲来• 3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国し(当時は邦人帰国者のPCR検査は有症状者のみ)、この状態が水際対策が大幅に強化される4月3日まで続く• これらの無症状者が入国後に発症し、3月末から感染が爆発• 実効再生産数Rtは0. 7~0. 8であったため、感染は4月3日の入国制限措置後に徐々に収束 というのがデータから導き出されたストーリーとなります。 あまりにも単純なので、信じられない人も多いかもしれません。 順を追って説明していきましょう。 中国・武漢の第1波の収束から3月のヨーロッパから第2波の襲来まで 現在の日本で主流のウイルスは、中国・武漢由来のものではなく、欧米からもたらされたものです。 それは、欧米で感染が爆発し、3月末の入国制限措置前までに大量の邦人帰国者が持ち帰ったものなのです。 既に多くの識者が指摘しているので、ここではウイルスのゲノムを調査したを紹介するだけとします。 しかし、厚労省の専門家会議がでは、3月中のウイルスの「輸入例」は300人程度で、1万6,000人もの感染者が発生したことが説明できません。 全国の感染のピークは3月27日ですが、不思議なことにこの理由が何も書いてありません。 わからないものは、そもそも説明のしようがありません。 ベースとなった都道府県の報告を読んでみると、この時期の多くのケースで、感染の経緯が「調査中」となっています。 これは、最前線で対応する保健所のリソースが極めて不足した状態であることを示しています。 感染者への対応が最優先で、統計や報告が後回しになるのはやむを得ないでしょう。 3月に2,000~3,000人の無症状者感染者がノーチェックで入国 混乱している現場の様子を頭に入れて、専門家会議の資料を読み解いていくと、当時の状況が明らかになってきます。 3月からの「流行地域」からの入国制限は、9日の中韓を皮切りに、21日にヨーロッパ、26日にはアメリカ、28日が東南アジアなどと、次々に拡大されていきます。 しかし、PCR検査ができる検疫官は、羽田、成田、関空とも10人程度。 この体制では、検査能力は大幅に不足です。 このためか、にPCR検査が明記されたのは3月25日から。 それ以前は14日間の隔離が中心となっていたようです。 邦人帰国者や外国人のレポートを読んでみると、流行地域に滞在していなければ、自己申告のみで検温も省略されたとのことで、現場の苦しい状況が裏付けられています。 現実に何人ぐらいの無症状者が帰国したのか試算してみましょう。 3月の邦人帰国者は、です。 当時のヨーロッパの感染率は0. 旅行者やビジネスパーソンの多くが都市部に滞在していたはずです。 日本と同じで、どの国でも都市部の感染率は平均の何倍にもなります。 感染者は1,000人より多い2,000~3,000人になっても不思議ではありません。 なお、なぜこの人数が妥当なのかは後述します。 効果はてきめんで、出動後の28日からは、空港検疫でのPCR検査の陽性者数が急増していることがわかります。 謎なのは、のに、2日後のにはほとんど何も書かれていないことです。 また、4月3日にでは、海外からの輸入が疑われる感染者について「直近はやや減少に転じている」と事実に反するようなことが書かれているのです。 そのせいなのか、3月28日の自衛隊の出動は、厚労省からの依頼ではなく、防衛省が「自主派遣」したという形を取っています。 3月末の感染爆発から5月末の収束まで 3月に2,000~3,000人の無症状者がノーチェックで入国すると、当然ながら何日か後に感染が爆発します。 ここで気を付けないといけないのは、となることです。 実際にデータを調べると、報告日ベースでの感染のピークは、入国制限措置が強化された3月末から2週間後の4月中旬で、予想とほぼ一致しているのです。 それだけではありません。 感染者数は4月中旬から急速に減少していきます。 シミュレーションの結果、現実のデータと一致する実効再生産数Rtは0. 8、帰国者の感染者は2,000人~3,000人となりました。 これは、第2波の感染者が約1万5,000人であることとほぼ一致します。 新型コロナの感染のピークはなぜ3月末なのか、そしてなぜ急速に収束しつつあるのか。 その理由は、 3月28日に自衛隊が出動し、4月3日に水際対策が大幅に強化されたためなのではないでしょうか。 このことは、この宣言の効果がほとんどなかったことを示唆しています。 3月の東京圏、大阪圏、名古屋圏のデータを比較したところ、入国者数と感染者数の比率の違いは1. 5倍程度なので、この推測は妥当と考えられます。 8とすると、2次感染者は0. 8人、3次感染者は0. 8=0. 64人…になるので、結局1人の感染者から新たに5人が感染することになります。 3月末以降の第2波の感染者は約1万5,000人なので、2,500人の感染者が帰国したとすると、ほぼ現実の数値と一致します。 — 大澤 省次 理系出身で、サラリーマンとして勤務する側、得意とする統計学を使って血液型と性格の相関などを研究中.

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