キノ 本名。 日本のラノベ「キノの旅」最新刊でキノが完全に女の顔になってるwww【台湾人の反応】

鉄筋・裕太役のキノスケが可愛い!wiki風プロフや本名&兄弟について調査

キノ 本名

キノの本名は花の名前(正式にはまだ明かされていません)。 「さくら」も花の名前。 名前をもじってからかわれた経験がある。 さくらは11歳か12歳くらい。 キノの子供時代の話である「大人の国」では、キノは12歳の誕生日だった。 どちらも両親がホテルを経営している。 明らかに キノとさくらを対比するようにつくられているのが「優しい国」という物語なのです。 キノとさくらは「似ている」けど「本質は異なる」? キノとさくらの共通点を挙げましたが、これらは表面上だけのことであり、思うに キノとさくらの本質は大きく異なります。 そしてそれこそ、作者が「優しい国」で表現したかったことの一つなのではと思います。 キノがさくらに自分を重ねるシーン まずはキノがさくらに自分を重ねるシーンを見てみます。 キノとさくらの会話です。 まずはさくらが話を切り出しました。 「キノ」という名前が「短くて響きがよくて呼びやすくてすてき」だと言うのです。 それに対し「自分も昔そう思った」と答えるキノ。 これに関しては「大人の国」と繋がっていますね。 「昔? 今は?」とさくら。 ここからの会話と地の文が重要になります。 キノは ふっと笑って、さくらへと視線を下げて言った。 「今もそう思っている。 いい名前だって。 でも、『さくら』って名前も響きがいいね。 ところが、さくらの次の一言で雲行きが変わります。 さくらははにかみながら、 「 お花の名前。 春に咲く、ピンクのきれいな花」 「へえ……」 キノが短く言う。 おそらく「さくら」が花の名前だと知って、 キノはかつての自分を重ねているのでしょう。 キノの様子がおかしいことに気づいたエルメスがどうしたのか尋ねると、キノは次のように答えました。 キノはすぐに言った。 「なんでもない」 そしてこうつけたした。 この話を知っているかどうかで、「優しい国」の受け取り方も大きく変わってくるはずです。 多分違うと思います。 キノの本名はまだ明かされていません。 なぜなら、キノはさくらに「『さくら』の名前の意味」を尋ねています。 もし自分の本名が『さくら』だったとしたら、わざわざ尋ねる必要はありませんよね。 加えて、『さくら』が花の名前であると聞かされる前は朗らかな様子を見せていて、様子がおかしくなるのは『さくら』が花の名前であると知った後のことですので、そのことからもキノの本名は『さくら』ではないと考えます。 キノとさくらは「似て非なる者」 さて、ここが最も重要です。 たしかにキノとさくらには共通点が多くありました。 しかし、 決定的に異なる部分があります。 それが 「キノは国を出て旅人になる生き方を選んだが、さくらは故郷に残って最期を迎えることを選んでいること」です。 「優しい国」は火砕流に見舞われる運命にあり、 国民達は「逃げる」か 「国と最期を共にするか」の選択を迫られた末、 国といっしょに滅びることを選んでいます。 これは大人達の決定であり、さくらは何も知らなかったと告げられたキノはやるせない思いになりますが、その直後に見つけたさくらからの手紙によって、 さくらもまた自らの意志で国に残ったことが明かされました。 キノがさくらにプレゼントした種。 それを返すと共に添えられた手紙。 『これはわたしが持っていてもしかたがありません。 あなたのです。 お気をつけて。 わたしたちのことを、忘れないで。 帽子をかぶり、ゴーグルを首にかける。 ちょうどその頃、太陽がゆっくりと姿を現し始めた。 森の緑と紅と黄色が鮮やかに映える。 キノは目を細めて、ゴーグルをはめた。 レンズが反射して、キノの表情を隠す。 最後に添えられた 「キノの表情を隠す」という表現は、読者にキノの表情を想像させるためのものでしょう。 かつての自分を重ねた「さくら」という少女との出会いと別れに、キノは何を思ったのか? それは僕たち読者に委ねられています。 スポンサーリンク 【余談】パースエイダー・スミスのおじいさんは「師匠」の弟子? 少し余談になりますが、「優しい国」にはとても含みのある人物が登場しています。 それがキノのパースエイダーを整備した 「パースエイダー・スミス」という人物。 彼はキノが師匠から譲り受けたパースエイダー『カノン』を目にして次のようなセリフを残しています。 「驚いたよ……、本当に驚いた。 『キノの旅』シリーズでは、 キノの師匠とその弟子の、若かりし頃のストーリーが描かれることがあるのですが、ここで話題になっている「凄腕の有段者」とは師匠のことです。 ただ、 「自分の教え子」というのがキノを指している可能性もあるので何とも言えません。 仮に「スミス氏=弟子」だった場合、彼は「優しい国」のお話で亡くなっていることになってしまいますがはたして・・・? 「優しい国」の感想と考察 「旅を自由に生きるキノ」と「故郷に生きたさくら」 それでは本題に戻って「優しい国」の感想と考察を書いていこうと思います。 ここまでお話ししたように、 「優しい国」はキノとさくらを対比するための物語であると思います。 名前や、両親がホテルの経営者であることなど、キノとさくらには多くの共通点が存在しました。 その上で、キノとさくらは明らかに違った人生を自ら選択しています。 キノは「大人の国」で両親に殺されるか、エルメスと逃げるかの選択を迫られ、旅人となって国をでる決断をしました。 対するさくらは「優しい国」で火砕流に巻き込まれて死ぬ未来を知っていた上で、キノと一緒に旅に出るという選択肢を捨てています。 旅人となって自由に生きることを選んだキノと、 故郷を愛して運命を受け入れて死んでいったさくら。 「大人の国」では自分の好きなことで自由に生きていくことの素晴らしさが描かれたように思います。 一方で今回の 「優しい国」では、生まれた場所や与えられた立場をまっとうする生き方も存在し、もしかしたらそれもまた幸せな生き方なのではないか、ということが描かれたのではないでしょうか? 僕個人としては「大人の国」でキノが下したような決断こそ素晴らしく、幸せに生きていく方法なのだと思います。 でも今回のさくらのように、与えられた運命を受け止め、今の立場を愛する人生も有りなのかもしれないと今回はすごく考えさせられました。 あなたはキノの選択とさくらの選択、どちらが幸せだと感じたでしょうか? 「優しい国」を出た後に真実を知ったキノは何を思ったか? キノは「優しい国」を出た後に、さくらの両親の手紙によって真実を知りました。 「何も知らない娘も一緒に連れて行く」と告げた手紙に対し 「これはエゴだ」とうめくようにつぶやいたキノ。 「エゴ」という一言は、両親へ向けてのものではないかと思います。 キノは何も知らされないまま死んでいくさくらに対し、やるせなさを感じていたのではないでしょうか? キノはきっと、さくら自身に国を出て生きるか、国と共に運命を受け入れるかの選択をして欲しかったのだと思います。 そういう意味での「エゴだ」という感慨だったはずです。 その後の文章に、キノの感情を直接表現する箇所は見られません。 この記事の中でも挙げた「レンズが反射して、キノの表情を隠す」という部分がその象徴です。 でもこのとき キノは、少しだけ救われた想いでいたのだと僕は思います。 悲しみはある一方、さくらの決断を尊重し、キノもまた自らの決断で手にした旅を続けていこうと、そんな様々な感情の入り混じった表情をしていたと思います。 【追記】アニメ版オリジナル「ボクはさくらちゃんを預けられなくてホッとしている」。 このセリフで少し見方が変わりました。 アニメ版では両親からの手紙を読んだ キノが「ボクはさくらちゃんを無理矢理に預けられなかったことにホッとしている」という旨の発言をしています。 これは原作小説にはないセリフです。 アニメ版で、どういう経緯があってこのセリフが付け加えられたのか分かりませんが、僕はこのセリフを聞いて考えがひとつ変わりました。 原作小説を読んだ限りでは、 キノはさくらを無理矢理にでも自分に預けて欲しかったのだと読み取っていました。 キノは確実にさくらに感情移入していたと思うし、さくらや「優しい国」に対して安らぎのようなものを感じていたはずです。 それは、キノが珍しく寝坊したシーンや、「ひとつの国の滞在は3日」という絶対のルールを曲げようとした姿からも窺えます。 キノはきっと、自分が得られなかった故郷の温かさを、さくらを通じて「優しい国」に感じていたのだと思います。 だからこそ、そこまで想い入れてしまったさくらには生きていて欲しかったとキノは願ったのだと、僕は思っていました。 でもそれは違っていて、アニメ版のセリフを聞いてからは、 キノはさくらに「何も知らないままであっても、この子にはこの優しい故郷で生をまっとうして欲しい」と思ってしまったのではと考え直しました。 「これはエゴだ」という発言も両親だけに向けたものではなく、そんなことを思ってしまった自分自身にも向けられたセリフだったのかもしれませんね。

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【PENTAGON】キノのプロフィール!名前の由来&突然の涙の理由とは?

キノ 本名

作編曲は石井吉幸氏と加藤恒太氏、ヴォーカルは霜月はるかさん。 — さすらい camelletgo キノはライトノベル 『キノの旅』の主人公です。 『キノの旅』は短編連作の形式を取っており、キノは喋るモトラド(空を飛ばない二輪車)・ エルメスとともに、世界に散在している国々を旅して回っています。 キノが 1つの国に滞在する期間は基本的に 3日間。 キノはその間に様々なものを見聞きします。 常に 飄々としており、時に冷徹といえるほど超然とした態度を見せながら 傍観者に徹することが多いキノの弱点はズバリ 「食」。 携帯食料ばかりの旅生活の 反動からか、 振る舞われた食事を動けなくなるほど食べたこともあります。 他には 「タダ」にも弱く、 注射を打たれた際には どうしてもなれないと 苦手であることを明かしています。 一人旅を支えるのは「強さ」 我が家のシングルアクション達。 — 時雨沢恵一 キノTVアニメ化決定! sigsawa 一人と一台で旅を続けるキノは、度々 危機に襲われます。 それを切り抜ける武器は 抜群の 運動神経と師匠に仕込まれた パースエイダー(銃器のこと)の腕、そして 冷静な 判断力です。 率先して戦いに挑む……といった場面は少ないですが、訪れた国を3日間で出るために 命がけのトーナメントに出場したこともあります。 愛用しているパースエイダーは 大口径リボルバー 「カノン」と 自動式拳銃 「森の人」、その他にも度々狙撃銃として利用する ライフル 「フルート」やナイフに仕込んだもの等が登場します。 ナイフの扱いにも長ける他、生き残るためには 体術や 罠、 嘘など様々な技を 臨機応変に活かします。 確かに 一人称は 「ボク」ですし、 スレンダーな見た目からは判断がつきません。 キノの性別は 女です。 作品内では 特に 隠されているというわけでもないのですが、逆に 積極的に 性別が描かれたり、強調されることもないので、つい誤解してしまう方もいらっしゃいます。 ただでさえ数が少ない性別に関する記述の中に、 よく読みこんでみて初めてわかる内容のものが多いのも、性別不詳な印象を強める原因でしょう。 キノの見た目は少年に近いらしく、作中でも 「坊や」といった感じで男だと 誤解されている場面がちょくちょく出てきます。 キノ本人はあまり性別を気にしていないらしく、 訂正することもありません。 また、 服装が 男性的なのも理由に挙げられるでしょう。 キノが羽織っているジャケットは、 キノをかばって命を落とした 先代キノの着ていたものです。 先代キノは 男性だったので、この ジャケットも 男性もの。 他に着るものも 装飾の少ないものを選んでいるため、 全体的に 男性のように見えるというわけですね。 lv325 キノの 年齢は、かなり正確に推察できます。 なお、『キノの旅』では 過去や未来の話も描かれていますが、この文中では、本編で 一番多く描かれる時代に絞って考察しています。 キノが出身地である 大人の国を出たのは、 11歳の最後の日でした。 その後 「師匠」のもとで パースエイダーやサバイバルに関する訓練を受け、抜群の腕前を身に着けました。 訓練の期間は 短くとも1年程度に渡っていると思われます。 本編のキノは 旅の経験からくる判断を度々見せていますが、大人の国と師匠のもとでの生活は 定住生活でした。 師匠の元を離れてから 旅の中で多くの実戦経験を積んだことが伺えます。 以上のことから、 キノの年齢は14、15歳であるわかります。 キノが 子どもとして扱われている場面の多さも考えあわせると、ここから 数年以上ずれることはまずないはずです。 一部では エルメスのモデルとなったバイクに乗れる身長から逆算して 170cmともいわれていますが、実際のところはどうなのでしょうか。 キノの見た目は、作中では 子どもだと判断できるくらいに小さいとされています。 ひと目見て子どもだと判断される場面は数多くあり、見下ろされていると記された場面もあります。 平均的な大人よりは背が低いようです。 エルメスのサイズについては描写が少ないため判然としませんが、旅に出た直後のキノはエルメスを重そうに、大きそうに扱っているため、 特別小さいわけではないことがわかります。 筆者は以上のことから、キノは 自分の体格に合わないエルメスをうまく乗りこなしていると考えています。 150cm強ぐらいだと、挿絵の印象ともかなり近くなるのではないでしょうか。 キノという名前は先述したとおりキノをかばって命を落とした旅人の名前を 受け継いだもので、 本名は別にあることが明かされています。 しかし、その本名は 伏せ字で記されていました。 謎に包まれた キノの本名ではありますが、作中には 推測できるヒントが書かれています。 まずは 本文中から読み取れるヒントの数々を読み解いていきましょう。 キノの本名に関わる話は、1巻収録『大人の国』及び6巻収録『誓い a・b』です。 前者はキノが旅に出る話、後者はキノが生まれ、名前がつけられる話です。 『大人の国』は キノの回想という形で記されており、 キノ自身が 本名をどう捉えていたかがわかります。 花の名前なのですが、 読み方を少し変えると とてもいやな悪口になり、それをからかわれていたために キノは 本名を嫌っていました。 具体的に どの 花の名前をつけられていたのかは、『誓い』にて語られます。 大人の国の外に咲く、 紅い色の花であり、キノの誕生日に近い ほんの短い期間だけ地平線まで埋めるほどに 咲き乱れるのだそうです。 決定打に欠ける仮説たちと、もう一つの可能性 新しいキノの旅アニメ? わーい! Yay, confirmation there's a new Kino's Journey anime coming! — Show-Go Kami Aokamidu これらの情報や、読者個々人が抱く印象、そして知識と解釈から、キノの本名については 有力な仮説が複数提示されています。 ハイビスカスやポピー、桜やヒガンバナなどが著名ですが、どれも 決定打に欠け、 絞ることができません。 アニメでは ハイビスカスがモデルの花が『大人の国』の中で描かれました。 ですが、ハイビスカスは 名付けのエピソードとは真逆に長く花をつけるため、仮説の中では 特に可能性が低いとされています。 6巻以降 キノの本名については徹底して触れられていません。 キノの本名は読み替える と ひどい悪口になるとされ、 本人もそれを気にしていました。 同じ名前の読者に配慮して、作者の時雨沢恵一氏が キノの本名に触れない方針に変更した可能性もあります。 キノを一番 最初に演じたのは 久川綾でした。 2001年に放送されたラジオドラマでの配役です。 それから13年後、 『電撃文庫FIGHTING CLIMAX』にて キノ役に復帰しました。 同作は アニメ版ではなく原作の版権を利用しており、この配役は それを象徴するものです。 キノの声優の中で一番著名なのが、 女優の 前田愛。 2003年のアニメ版以降、 ゲーム化作品2作及び劇場版2作においてもキノに命を吹き込みました。 未だに 「 キノといえば前田愛」というファンも多い当たり役です。 3代目となったのが 悠木碧です。 2016年にニコニコ生放送で展開された 『多数決ドラマ』で登板し、後述する 新作アニメでも続投が決まっています。 悠木碧の 声優デビューは2003年のアニメ版『キノの旅』でした。 悠木碧は13年越しに自身の原点と再び邂逅したのです。 新作アニメ決定!キノの旅はまだまだ続く 【『キノの旅』TVアニメ化決定!! 現在でも 年に1冊の 新刊が定期的に刊行されているとともに、 2017年には 2種のコミカライズと再アニメ化が発表されました。 これも多数のファンに愛され続けた結果であり、 『キノの旅』の面白さが受け入れられた結果でもあります。 今回は再アニメ化を控えた 『キノの旅』の主人公・ キノについて、 5つの観点からその魅力を纏めてみました。 世界の美しさを描く『キノの旅』の素晴らしさは、世界がある限り色あせません。 皆さんも、ぜひとも アニメ版や、原作を一度は手にとっていただければと思います。

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キノの旅~拳銃?いいえパースエイダーです!~|サバゲーアーカイブ

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あなたは海外に行ったことはありますか? そこには日本とは違うそれぞれの国の価値観が存在します。 価値観はその環境によって違うものです。 海外の話をしましたが、あらゆるところに価値観の違いは存在します。 会社、学校、地域・・・、更には部署、クラス、家庭。 あらゆるところにそれぞれ違った価値観が存在します。 今回の『大人の読書感想文』はライトノベルの『キノの旅-the Beautiful World-』 時雨沢恵一 を取り上げます。 アニメにもなった人気作品です。 主人公が様々な国 とっても変わった を旅していく、という物語です。 2000年の3月から現在も刊行されており、二度アニメ化がなされています。 主な登場人物は、主人公のキノと、モトラド(バイクのようなもの)のエルメスです。 エルメスはもちろん生き物ではないのですが喋ることができ、二人は旅をしながら様々な国に訪れます。 国と言っても、日本やアメリカなどの実在するものではなく、現実ではあり得ないような進化、文化、思想、技術を築き上げた国々ばかりで、キノたちはその価値観に触れ、時には住民を助け、しかし必要以上に干渉することなく3日という期間で一つの国を見て回るというストーリーです。 例えば、国土の下にキャタピラをつけた「迷惑な国」は、それで移動を続け時に他の国の城壁や田畑を荒らしてでも国全体で旅を続けています。 「人の痛みがわかる国」では人々が他人の気持ちが分かる薬を開発し、大混乱を巻き起こした末に一人一人が離れ離れに生活をするようになっています。 「多数決の国」は民主主義である多数決を採用した結果、ひとりぼっちになってしまった男が住んでいました。 キノとエルメスはその一つ一つを丁寧に見て回るのですが、その様子が人間の多種多様な個性に触れていっているようで非常に読んでいて面白いです。 また、それぞれに日常的な教訓なども含まれております。 「迷惑な国」はその名の通り本当に迷惑です。 そんな国のために何故自分たちの土地が荒らされなければならないのかと言っていた国もあり、まさにその通りだと思います。 しかし、この国の案内人は「人と人は迷惑を掛け合いながら生きていくものです」と言います。 この言葉も限りなく真実です。 「人の痛みが分かる国」は最後にキノと薬を飲んだ男性が、言葉を語らずに、一瞬だけ、一言だけ語り合います。 本当は気持ちが分かる薬なんて使わなくても、分かり合えるものだということなのだろうと思います。 自分たちに危害がない以上、国の特徴、特性をそのままでも受け入れていきます。 その様を見ていると、人間関係においても一人一人の個性や考えを否定するのではなく、認めることが大切なのだということを学ぶことができました。 そして、自分が危なくなった時には相応の反応をすることも大事だなと読んでいて思いました。 ワガママな子供の部分を取り除いて、嫌なことでも自分のしたいことを押さえ込んでできるようにするのです。 そこではひとりの少女と出会ったキノはこう言いました。 「僕は君の言うところの大人でもないし、子供でもない。 僕はキノさ」 肩書きも、大人も子供も関係ない。 比べる必要も、争う必要もない。 自分は自分であると、この台詞を聞いて思い出すことができたと思います。 人間関係に悩んだ時、そんな余裕はないのかもしれないけど、私はこの本のことを思い出して、人を尊重する大切さを思い出して、自分を大切にするということも思い出したいと思っています。 是非、色々なことに悩んだ時、この本を手にとって様々な価値観を持った人に読んでもらいたいです。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・ いかがでしたか? 『大人の読書感想文』の作者の方も感じているように 物語の中には極端に面白い国々に描かれていますが・・・ 、現実世界でも価値観の違いは当然あります。 それぞれが認め合い、適度な距離を保つことが平和的に共存しいく第一歩ではないでしょうか? 私自身は、あの天才物理学者アルベルト・アインシュタインの言葉を常に胸に置いています。 この言葉の先にある意味も、『キノの旅-the Beautiful World-』 時雨沢恵一 で示している考えと共通するかと思えます。 私もこの言葉を知った時から、少し人に対して寛容になれました。 そして、物の見方も変わり、新たなチャレンジもすることが出来るようになりました。 もし人間関係で悩んでいることがあれば、一度立ち止まってこれらの示すところを考えてみる価値はあると思います。 「あらゆる問題は、人間関係にある」 心理学者アルフレッド・アドラー 「本は、聴こう。 」 無料体験! あなたの『大人の読書感想文』をお聞かせ下さい。 悩める方の助けになるかも知れません。 ぜひメッセージお願い致します。

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