勝手 に ふるえ てろ 考察。 映画『勝手にふるえてろ』あらすじネタバレと感想。ラスト結末も

ネタバレ感想|映画「勝手にふるえてろ」四角関係とタイトルの意味

勝手 に ふるえ てろ 考察

作品概要 製作年:2017年 製作国:日本 配給: 上映時間:117分 区分:G ・解説 作家・による同名小説の映画化で、恋愛経験のない主人公のOLが2つの恋に悩み暴走する様を、の映画初主演で描くコメディ。 OLのヨシカは同期の「ニ」からの突然の告白に「人生で初めて告られた!」とテンションがあがるが、「ニ」との関係にいまいち乗り切れず、中学時代から同級生の「イチ」への思いもいまだに引きずり続けていた。 一方的な脳内の片思いとリアルな恋愛の同時進行に、恋愛ド素人のヨシカは「私には彼氏が2人いる」と彼女なりに頭を悩ませていた。 そんな中で「一目でいいから、今のイチに会って前のめりに死んでいこう」という奇妙な動機から、ありえない嘘をついて同窓会を計画。 やがてヨシカとイチの再会の日が訪れるが……。 監督は「でーれーガールズ」の大九明子。 2017年・第30回の部門に出品され、観客賞を受賞した。 より引用 ・予告編 この恋、絶滅すべきでしょうか? この作品で特に気になったのが "水"の描写。 すべての恋愛ポイントで "水"が絡んできます。 ここら辺をヨシカの恋愛と絡めて考察していきます。 500mlのミネラルウォーター ニが酔いつぶれたシーン。 ミネラルウォーターに特にこれといった意味はありません(笑) ただ、ニの想いを受け取る瞬間の機会を作ったものではありますね。 背中をさすってあげたり、こじらせ系女子ヨシカの優しい一面も垣間見れます。 危うく火事に 浮かれて眠ってしまってストーブで布団を燃やし、湯船に張った水で鎮火するシーン。 これはニから人生で初めて告白されて舞い上がったヨシカの気持ちを表し、一度落ち着かせた瞬間。 ヨシカの心理状況が伝わります。 私事ですがこの日、ストーブ付けっぱなしで映画を観に来ていたようで、帰宅してドキッとしてしまいましたね。 自分は告白なんかされてないので火事にはなっておりませんが(笑)• 川釣りデートとパワースポットである滝 「釣った魚に餌はやらぬ」 親しい間柄になったあとは、相手の機嫌をとる必要はないという諺ですが、魚を釣る描写は一切なく、ニとは親しい間柄でもない心の距離感を表しています。 逆に釣り糸が絡む演出は後に運命の糸を絡ませることを示唆するもの? 滝の前で神に祈るようにイチの母親に電話するヨシカ。 これをきっかけにイチとの再会と東京に住んでいるという貴重な情報をゲットしたわけですね(笑) 神様!お母様!様様です!• 上京組の集まり イチが東京住みという神様からの贈り物のお陰で上京組で集まることとなったタワーマンションにて。 この時のニの距離感がかなりキモい(笑) 都合よく一人になった時にイチが水を飲みに戻ってきました。 イチとまともに話せたシーンでもありますね。 いじられ続けることへの嫌悪感から他人との距離を置くようになっていた、とイチの人物像を知ることができます。 ヨシカとイチとの間で価値観のズレが生じた瞬間でもあります。 の話題で盛り上がるも、イチが自分の名前を覚えてないというショックな事実。 ヨシカ自身も他人の名前に興味がなく、 「名前を知らない=無関心」と受け取ってしまったのでしょう。 歯磨きとうがいの音 ミュージカル調になったシーンで露になりましたが、冒頭から見せられていた日常会話は全てヨシカの妄想でこうなりたかった自分の理想の可視化。 イチとの想い出話に花を咲かせ、イチへの想いを馳せる。 何度も流れた一見不要とも取れる歯磨きシーンとうがいの音と同じように、ヨシカの日常的であったその妄想も毎日、脳内で吐き出していたことを表します。 突然、ミュージカル調になった理由も考えてみます。 冒頭からこのミュージカル調までは、恰もこれが現実であるかのように描写されていたご近所や街中の人々との付き合い。 ミュージカル調に仕立てたのは そんな日常と区別するためのひとつの演出でしょう。 そしてミュージカル調にすることで 心の中の想いをぶちまけ、単なるセリフではなく 音で鑑賞者側へと伝える。 「に生きる術を問う」 これはまるで自問自答のようでもある。 一見、変化球のようですがここでこの演出を持ってきた点は個人的にかなり評価できます。 トイレで涙するシーンの流水音 イチの想いを断ち、ニとデートを重ねて付き合うことに。 そしてキスを避けたことから同僚の来がヨシカは処女だという秘密をニに伝えたことを知ります。 トイレで泣きじゃくる音を誤魔化すように何度も押されるトイレの流水音。 これは信頼していた来、処女だとバレたニ、そして会社との関係を水に流す、つまり白紙にするという彼女の意思表示。 流水音って連打すると違和感しかない(笑) 自分を好きでいてくれるニの存在。 直視できなかったヨシカの「視野見」からの成長。 向かい合って行うスポーツ、卓球からも読み取れるように、自分と他人とのコミュニケーションにちゃんと向き始めたヨシカだったが、自分の知らないところで他人と他人のコミュニケーションによって自分が蔑ろにされていると気づきショックを受けたのでしょう。 雨の日の初キス なんやかんやでニからの着信を待ちながら電話を掛けるもニはヨシカを着信拒否。 ここ一番笑いました、fxxk!(笑) 偽名を使って連絡を取り、ニを呼び出すヨシカ。 雨はすべてを洗い流してくれました。 「雨降って地固まる」ってやつです(笑) 二人が本音をぶつけ合い、決め台詞「」からの初キス。 このシーンは後程改めて記述します。 と回想シーン ヨシカがを見るだけで夜更かし出来るほど熱中する絶滅種。 そのひとつ、海の生き物。 そしてイチとの思い出、過去へと遡る際に流れるBGM。 の化石標本(裁断面) 末期(もしくは、中期)から末までのおよそ3億5,000万年前後の間を、海洋に広く分布し繁栄した、頭足類の分類群の一つ。 全ての種が平らな巻き貝の形をした殻を持っているのが特徴である。 等角螺旋 の殻(螺環)の外観は一見しただけでは巻き貝のそれと同じようにみえるが、注意深く観察するとそうではない。 一般的なの殻は、巻き貝のそれと共通点の多い等角螺旋(、ベルヌーイ螺旋)構造を持っていることは確かであるが、螺旋の伸張が平面的特徴を持つ点で、下へ下へと伸びていき全体に立体化していく巻き貝の殻とは異なり、巻かれたぜんまいばねと同じような形で外側へ成長していくものであった(もっとも、現生オウムガイ類がそうであるように縦巻きである)。 ニッスの化石(の展示) 異常巻き 通常のの殻は同一平面に螺旋に巻いた渦巻状の形態である。 ところがも後期のに入ると、「異常巻き」と呼ばれる奇妙な形の種が数多く見られるようになってくる。 細長く伸びたようなものや、紐がもつれたような非常に複雑な形状のものなど、様々な形態が現れ(ニッスが有名。 左の画像参照)、過去の研究者を悩ませた。 より引用 中学生の頃からずっと片想いのイチ。 同僚で自分のことを好きになってくれたニ。 二人の間で揺れ動くヨシカのが面白いんですが、この絶滅種である はヨシカの比喩なんですよね。 一見、外見は普通の独身26歳の女性なんです。 しかし、実際は誰とも付き合ったことがなく、妄想を膨らます こじらせ系女子。 が垂直ではなく螺旋の外側へ平面的特徴に伸張するように、彼女の恋愛も中学生の頃から 片想いのイチへの想いばかりが膨らみ、平面的であること。 そして、ニと出逢い、告白されることでヨシカの想いが揺らぎ始める。 の紐がもつれたような複雑な形状のものへと適応したように ヨシカ自身のも複雑なものへと変わっていく。 また、社会に適応するためにひねくれていったヨシカの性格の自己投影でもあるのでしょう。 では何故回想シーン導入時に水のBGMが流れるのか? 自分が思うに、 海の底へと沈むように過去の記憶の中へと潜っていくひとつの演出ではないかと。 目を閉じ足を閉じるスタイルからもその事を示唆させます。 浮遊型遊泳動物であるイカや海底を匍匐するタコのように、ヨシカの比喩である絶滅種は過去の記憶という大海原を生きているんです。 かなーりこじつけましたが、 "水"の描写があるポイントで恋愛が関係していることがわかっていただけると思います。 さてさて、に記述しました 初キスですが、何故ヨシカはキスをする前にタイトルでもある決め台詞 「」を言葉にしたのでしょう? まず、ヨシカはイチに名前を覚えられていませんでした。 そしてヨシカ自身も周りの興味ない人の名前を覚えられない。 恋愛において辛いことはフラれることじゃなく、 相手の中に自分が存在しないことなのではないでしょうか? 自分は他人に興味がないが、他人は自分に興味を持ってると思い込んでいること。 ヨシカという人物を通して警鐘を鳴らすの怖さ。 そんな中、ニはヨシカのことを江藤さん 後にヨシカ と呼んでいます。 「名前」はイチとニを対照的に描き、またヨシカ自身の他人への無関心さも浮き彫りにした 重要な要素なんです。 ヨシカがニの名前を初めて呼んだことにより、ヨシカはニを受け入れたということ。 そして、ニはヨシカに受け入れてもらった。 その後の台詞 「」 これは自分自身、ニへと向けられた言葉でもあり、脳内妄想イチへ向けられた言葉でもあると思うんですよ。 キャッチコピー 「この恋、絶滅すべきでしょうか?」 この絶滅とはイチへの恋であり、ニの存在がヨシカの恋愛観を変えてしまった。 の 異常巻きのように。 イチへの10年の片想いと妄想を馳せていたヨシカが新たな恋愛へと踏み出した相手、ニ。 彼と付き合いが始まったとしても、絶滅しても記憶として後世に残るように、ヨシカの脳内には常にイチの記憶が残っています。 ヨシカにとってイチはそれだけ大きな存在であり、脳内妄想としてこれからも残っていく。 オタク女子が二次元の彼氏を脳内に置くように、ヨシカもまた脳内に天然王子を召喚し続けることでしょう。 今まで理想を追いかけるばかりだったヨシカが逆の立場になり、 妄想ではなく現実で幸せを手にしようとしている、ある種の武者震いのように勝ち誇ったように口にした言葉 「」にふるえましたね。 また、このシーンで自分が手放しで褒められる"ふるえる"ような演出がありました。 ヨシカとニを繋いだ 赤い付箋です。 ヨシカの左胸に貼られていた赤い付箋が雨で濡れたニのシャツに落ち、で徐々に濡れていく様は、ヨシカかニの恋愛観に染まっていく様子、そして裸体を見せない二人の濡れ場シーンなんですよ! "水"の描写がヨシカの恋愛に絡むとでも記述しましたが、この演出には脱帽です。 終わりに いつも綺麗にオシャレに着飾っているよりも、少しだらしなくて生活感が垣間見得る瞬間って好きなんですよ。 何故かって、その人の本質を感じられるから。 案外、こういう女性の方が男性陣ウケするんじゃないかと思うわけですよね。 作中にも出てきましたが "自然体"で居れること。 ここは激しく共感しました。 色々な恋愛観に響く何かを含んだ凄い作品ではないかと思うんですよ。 生々しい心理描写、リアルな心変わりはある意味で恋愛のバイブルにもなり得る。 …いや、恋愛未満の話なので妄想のバイブルですね(笑) 理想と現実、濃度は違えど人が内包するものであることは間違いない。 恋愛経験ゼロのこじらせ系女子が大人の恋愛とはいかないものの、恋を通して成長する物語。 その不安定さを持つヨシカを演じきったさんにふるえが止まりません。 原作も読んでみたいと思います。

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映画『勝手にふるえてろ』の私的な感想―綿矢りさと松岡茉優が起こした化学反応―(ネタバレあり)

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こんにちは。 くろえです。 0点 おすすめシチュエーション• 恋愛話できる友人と• これから恋愛したい異性と• 最近付き合い始めた恋人と• 最近マンネリ気味の恋人と というわけで、以下、感想と考察を記載します。 映画概要 の小説を原作としたラ。 雰囲気はポップでシュールでルで、 ミュージカル調なシーンあり、ほっこりするシーンあり。 こじらせててシリアスなネタも、随所に笑いを織り込んでいて飽きさせない。 ラストのシーンのこじらせ異常っぷりと、それを包み込む二の愛が、 もう本当に、やばいとしか言いようが無い!(語彙力が極端に不足していて悲しい) (私は最後泣いた。 ) 登場人物 ~とにかくヨシカちゃんが最高! 下馬評通りといえばそうだけど、とにかくちゃんが・・・やばい。 彼女だから成立した映画、と言っても過言ではない。 「やが好き。 過去に生き、現実から逃げている」 という主人公のキャターを、これでもかというほどに上手に表現している。 可愛すぎて息が苦しい。 声も、仕草も、狂おしく可愛い。 こういうのを「演技がうまい」というんだろうな。 (細かいところで言うと、ふぁっくふぁっくふぁっく・・・!が可愛すぎて、 抱きしめたすぎる。 ) そして、知が全然好みじゃないけど、じわじわくる。 最初から最後まで、ずっとダサくて、空回りしてて、怪しくて、ちょっと変で、 でも器が大きくて、何よりヨシカのことが大好き。 (彼の気持ちはあまり理解できないけど、こういう人類が 世の中にいたらいいなあ・・・と密かに妄想したのも事実。 ) イチもイチで絶妙に拗らせていて、これはこれでいけすかなくてよろしい。 ここからは中身の話。 不器用で拗らせているけどまっすぐな主人公の愛らしさ 自分への期待値が高いし、 周りへの期待値も高い。 人は好きだ。 他者と交わりたい。 でも、人から傷つけられるのは怖いので、 自分で自分を判断し、値踏みして、 外の世界に出ていこうとしない。 一方で、自分語りや持論の展開は超得意。 特に妄想癖を発揮しまくっているシーンからは、 「いやいやwwwそこまで不器用か!?」 と思ってしまう程度には、不器用だけど、 人は初めてのことに対してここまでピュアで繊細で猪突猛進で、 他人との交わり、主体者として世界に降り立ったときに こんなに醜くも美しくなるんだ、と思い、 ただただ心が震えた。。。 過去の自分との類似性 それと同時に、まさに自分だ・・・と感じた。 自己肯定感が低いのに自尊心は高いところが、 学生時代~社会人初期の自分に重なることこの上なし。 他人を自分のの一部としていわば「利用する」やりくちは、 すごく理解できるし、人が生きていくために必要な要素だなと思いつつ、 ただただ心が痛かった。 (視野見、できるようになるよね・・・わかる・・・) 「人の振り見て我が振り直せ」という言葉を強く感じた。 「イチを選ぶか、二を選ぶか」という問い 「追う恋愛、追われる恋愛なら、どちらが幸せ?」 という問いは、いわば誰もが対峙する問題であるように思う。 また、過去に似た経験をしたことがある人は少なくないだろう。 こんなことで(と言ったら失礼だが)、人の心はズキズキと痛むし、 それだけ人間関係というのはシンプルだけど難しい。 現実と、生身の人間と、否定されるかもしれない恐怖と 自由奔放に振る舞いたい欲求の間で揺れ動きながら、 それでも人と交わることは、 きっとほんとうに大変なことだから。 「名前のないわたし」について そんな拗らせ系のヨシカに転機が訪れる出来事、それは、 片思いのイチと意気投合してまさに天にも登らんとしている時に発覚した、 「イチがわたしの名前を覚えていない」という事実。 ここに彼女の「イチ」への期待値と、 世界と交わらないでい続けたことの罰、のようなものが 一気に表出している。 そして、彼女の構築していた空想世界が瓦解していく。 ああ・・・ (このシーンで、この映画のテーマは「自己との対話」であり、 その中に空想と現実世界を入り組ませるという構図だったことに気付く。 ) 私はいま「名前のない自分」であることに、 さほど抵抗はない程度には他人への期待値が落ちていると感じるけど、 そのことにショックを受ける彼女を見て、 「だから人は世界と交わりたいと思うんだなあ・・・」 としみじみ思った。 今後の自分への期待 私は今年の目標を「傍観者から実践者」への移行である、というのは 以前のブログにも記載した通り。 で、上記にも記した通りだが、この映画は、 「現実逃避に近い恋愛(というか妄想)の世界ではなく、 いかに自分の世界(人生)を主体的に生きるべきか」 というテーマだったのだと思う。 名前をちゃんと呼び、人と話し、誰かを好きになりたくなる。 不器用でも、世界と交わろうとする。 (もちろん、最後まで不器用なので、それは「交流」ではなく、 自己との対話であるのでは!?という違和感は残り続けるわけだけど・・・) これは私の今年の目標でもある 「傍観者から実践者へ」というものにもぴったりで、 先人を見た後輩のような気持ちになった。 自分の殻にこもり、他人を信じず、自分への期待値が異常に高く、 世界との交わりを避けてきた主人公の姿は、自分のこれまでの姿と重なり、 そして最終的な帰結は、私の思い描く未来でもあるわけで、 私もこの世界でいきたいって思ったし、そうできるような選択を(キャリア・恋愛・人間関係、生きるすべてにおいて)しよう、 と前向な気持ちになれた作品だった。 というわけで、この映画、おすすめです! (特に女子校・男子校とかで拗らせてしまった経験のある人は感じる所も多い作品です) おまけ ~恋って何? 「恋」が分からない。 仕事柄か、性質ゆえか、 常に(間柄のラベリングは問わず)異性と何らかの関係は持っている方だし、 仲の良い間柄であれば、 「愛おしいなあ」「大事にしたいなあ」「交わり続けたいなあ」 と思うことはしばしば発生するといえば、する。 ただ、友人からは 「(異性間交流を)目的的で殺伐としたものと捉えすぎなのでは?」 「そうやってなんでも意味づけしたり言葉にしようとすると、 それは向き合いきれないし表しきれないし、結局辛いのでは?」 みたいなことも言われた。 それは、「大いなる安心感」を得たことがないからかもしれないし、 「誰かの期待に応え続けたい(そうしないと不安)」という ある種の長女精神ゆえなのかもしれない。 でもだからこそ、この映画の「二」のような 「すごく辛くて面倒くさくて、よくわからないけど、好き!どこまででも走っていけちゃう!」 みたいなまっすぐな気持ちに憧れる。 だからこの映画が好きだったのかも。 でも読み直すか・・・ (だからこの辺が拗らせの所以なんだよな) 映画館にいた。 シネマカリテ --- さて!今日から仕事始めです。

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映画『勝手にふるえてろ』あらすじネタバレと感想。ラスト結末も

勝手 に ふるえ てろ 考察

作品概要 製作年:2017年 製作国:日本 配給: 上映時間:117分 区分:G ・解説 作家・による同名小説の映画化で、恋愛経験のない主人公のOLが2つの恋に悩み暴走する様を、の映画初主演で描くコメディ。 OLのヨシカは同期の「ニ」からの突然の告白に「人生で初めて告られた!」とテンションがあがるが、「ニ」との関係にいまいち乗り切れず、中学時代から同級生の「イチ」への思いもいまだに引きずり続けていた。 一方的な脳内の片思いとリアルな恋愛の同時進行に、恋愛ド素人のヨシカは「私には彼氏が2人いる」と彼女なりに頭を悩ませていた。 そんな中で「一目でいいから、今のイチに会って前のめりに死んでいこう」という奇妙な動機から、ありえない嘘をついて同窓会を計画。 やがてヨシカとイチの再会の日が訪れるが……。 監督は「でーれーガールズ」の大九明子。 2017年・第30回の部門に出品され、観客賞を受賞した。 より引用 ・予告編 この恋、絶滅すべきでしょうか? この作品で特に気になったのが "水"の描写。 すべての恋愛ポイントで "水"が絡んできます。 ここら辺をヨシカの恋愛と絡めて考察していきます。 500mlのミネラルウォーター ニが酔いつぶれたシーン。 ミネラルウォーターに特にこれといった意味はありません(笑) ただ、ニの想いを受け取る瞬間の機会を作ったものではありますね。 背中をさすってあげたり、こじらせ系女子ヨシカの優しい一面も垣間見れます。 危うく火事に 浮かれて眠ってしまってストーブで布団を燃やし、湯船に張った水で鎮火するシーン。 これはニから人生で初めて告白されて舞い上がったヨシカの気持ちを表し、一度落ち着かせた瞬間。 ヨシカの心理状況が伝わります。 私事ですがこの日、ストーブ付けっぱなしで映画を観に来ていたようで、帰宅してドキッとしてしまいましたね。 自分は告白なんかされてないので火事にはなっておりませんが(笑)• 川釣りデートとパワースポットである滝 「釣った魚に餌はやらぬ」 親しい間柄になったあとは、相手の機嫌をとる必要はないという諺ですが、魚を釣る描写は一切なく、ニとは親しい間柄でもない心の距離感を表しています。 逆に釣り糸が絡む演出は後に運命の糸を絡ませることを示唆するもの? 滝の前で神に祈るようにイチの母親に電話するヨシカ。 これをきっかけにイチとの再会と東京に住んでいるという貴重な情報をゲットしたわけですね(笑) 神様!お母様!様様です!• 上京組の集まり イチが東京住みという神様からの贈り物のお陰で上京組で集まることとなったタワーマンションにて。 この時のニの距離感がかなりキモい(笑) 都合よく一人になった時にイチが水を飲みに戻ってきました。 イチとまともに話せたシーンでもありますね。 いじられ続けることへの嫌悪感から他人との距離を置くようになっていた、とイチの人物像を知ることができます。 ヨシカとイチとの間で価値観のズレが生じた瞬間でもあります。 の話題で盛り上がるも、イチが自分の名前を覚えてないというショックな事実。 ヨシカ自身も他人の名前に興味がなく、 「名前を知らない=無関心」と受け取ってしまったのでしょう。 歯磨きとうがいの音 ミュージカル調になったシーンで露になりましたが、冒頭から見せられていた日常会話は全てヨシカの妄想でこうなりたかった自分の理想の可視化。 イチとの想い出話に花を咲かせ、イチへの想いを馳せる。 何度も流れた一見不要とも取れる歯磨きシーンとうがいの音と同じように、ヨシカの日常的であったその妄想も毎日、脳内で吐き出していたことを表します。 突然、ミュージカル調になった理由も考えてみます。 冒頭からこのミュージカル調までは、恰もこれが現実であるかのように描写されていたご近所や街中の人々との付き合い。 ミュージカル調に仕立てたのは そんな日常と区別するためのひとつの演出でしょう。 そしてミュージカル調にすることで 心の中の想いをぶちまけ、単なるセリフではなく 音で鑑賞者側へと伝える。 「に生きる術を問う」 これはまるで自問自答のようでもある。 一見、変化球のようですがここでこの演出を持ってきた点は個人的にかなり評価できます。 トイレで涙するシーンの流水音 イチの想いを断ち、ニとデートを重ねて付き合うことに。 そしてキスを避けたことから同僚の来がヨシカは処女だという秘密をニに伝えたことを知ります。 トイレで泣きじゃくる音を誤魔化すように何度も押されるトイレの流水音。 これは信頼していた来、処女だとバレたニ、そして会社との関係を水に流す、つまり白紙にするという彼女の意思表示。 流水音って連打すると違和感しかない(笑) 自分を好きでいてくれるニの存在。 直視できなかったヨシカの「視野見」からの成長。 向かい合って行うスポーツ、卓球からも読み取れるように、自分と他人とのコミュニケーションにちゃんと向き始めたヨシカだったが、自分の知らないところで他人と他人のコミュニケーションによって自分が蔑ろにされていると気づきショックを受けたのでしょう。 雨の日の初キス なんやかんやでニからの着信を待ちながら電話を掛けるもニはヨシカを着信拒否。 ここ一番笑いました、fxxk!(笑) 偽名を使って連絡を取り、ニを呼び出すヨシカ。 雨はすべてを洗い流してくれました。 「雨降って地固まる」ってやつです(笑) 二人が本音をぶつけ合い、決め台詞「」からの初キス。 このシーンは後程改めて記述します。 と回想シーン ヨシカがを見るだけで夜更かし出来るほど熱中する絶滅種。 そのひとつ、海の生き物。 そしてイチとの思い出、過去へと遡る際に流れるBGM。 の化石標本(裁断面) 末期(もしくは、中期)から末までのおよそ3億5,000万年前後の間を、海洋に広く分布し繁栄した、頭足類の分類群の一つ。 全ての種が平らな巻き貝の形をした殻を持っているのが特徴である。 等角螺旋 の殻(螺環)の外観は一見しただけでは巻き貝のそれと同じようにみえるが、注意深く観察するとそうではない。 一般的なの殻は、巻き貝のそれと共通点の多い等角螺旋(、ベルヌーイ螺旋)構造を持っていることは確かであるが、螺旋の伸張が平面的特徴を持つ点で、下へ下へと伸びていき全体に立体化していく巻き貝の殻とは異なり、巻かれたぜんまいばねと同じような形で外側へ成長していくものであった(もっとも、現生オウムガイ類がそうであるように縦巻きである)。 ニッスの化石(の展示) 異常巻き 通常のの殻は同一平面に螺旋に巻いた渦巻状の形態である。 ところがも後期のに入ると、「異常巻き」と呼ばれる奇妙な形の種が数多く見られるようになってくる。 細長く伸びたようなものや、紐がもつれたような非常に複雑な形状のものなど、様々な形態が現れ(ニッスが有名。 左の画像参照)、過去の研究者を悩ませた。 より引用 中学生の頃からずっと片想いのイチ。 同僚で自分のことを好きになってくれたニ。 二人の間で揺れ動くヨシカのが面白いんですが、この絶滅種である はヨシカの比喩なんですよね。 一見、外見は普通の独身26歳の女性なんです。 しかし、実際は誰とも付き合ったことがなく、妄想を膨らます こじらせ系女子。 が垂直ではなく螺旋の外側へ平面的特徴に伸張するように、彼女の恋愛も中学生の頃から 片想いのイチへの想いばかりが膨らみ、平面的であること。 そして、ニと出逢い、告白されることでヨシカの想いが揺らぎ始める。 の紐がもつれたような複雑な形状のものへと適応したように ヨシカ自身のも複雑なものへと変わっていく。 また、社会に適応するためにひねくれていったヨシカの性格の自己投影でもあるのでしょう。 では何故回想シーン導入時に水のBGMが流れるのか? 自分が思うに、 海の底へと沈むように過去の記憶の中へと潜っていくひとつの演出ではないかと。 目を閉じ足を閉じるスタイルからもその事を示唆させます。 浮遊型遊泳動物であるイカや海底を匍匐するタコのように、ヨシカの比喩である絶滅種は過去の記憶という大海原を生きているんです。 かなーりこじつけましたが、 "水"の描写があるポイントで恋愛が関係していることがわかっていただけると思います。 さてさて、に記述しました 初キスですが、何故ヨシカはキスをする前にタイトルでもある決め台詞 「」を言葉にしたのでしょう? まず、ヨシカはイチに名前を覚えられていませんでした。 そしてヨシカ自身も周りの興味ない人の名前を覚えられない。 恋愛において辛いことはフラれることじゃなく、 相手の中に自分が存在しないことなのではないでしょうか? 自分は他人に興味がないが、他人は自分に興味を持ってると思い込んでいること。 ヨシカという人物を通して警鐘を鳴らすの怖さ。 そんな中、ニはヨシカのことを江藤さん 後にヨシカ と呼んでいます。 「名前」はイチとニを対照的に描き、またヨシカ自身の他人への無関心さも浮き彫りにした 重要な要素なんです。 ヨシカがニの名前を初めて呼んだことにより、ヨシカはニを受け入れたということ。 そして、ニはヨシカに受け入れてもらった。 その後の台詞 「」 これは自分自身、ニへと向けられた言葉でもあり、脳内妄想イチへ向けられた言葉でもあると思うんですよ。 キャッチコピー 「この恋、絶滅すべきでしょうか?」 この絶滅とはイチへの恋であり、ニの存在がヨシカの恋愛観を変えてしまった。 の 異常巻きのように。 イチへの10年の片想いと妄想を馳せていたヨシカが新たな恋愛へと踏み出した相手、ニ。 彼と付き合いが始まったとしても、絶滅しても記憶として後世に残るように、ヨシカの脳内には常にイチの記憶が残っています。 ヨシカにとってイチはそれだけ大きな存在であり、脳内妄想としてこれからも残っていく。 オタク女子が二次元の彼氏を脳内に置くように、ヨシカもまた脳内に天然王子を召喚し続けることでしょう。 今まで理想を追いかけるばかりだったヨシカが逆の立場になり、 妄想ではなく現実で幸せを手にしようとしている、ある種の武者震いのように勝ち誇ったように口にした言葉 「」にふるえましたね。 また、このシーンで自分が手放しで褒められる"ふるえる"ような演出がありました。 ヨシカとニを繋いだ 赤い付箋です。 ヨシカの左胸に貼られていた赤い付箋が雨で濡れたニのシャツに落ち、で徐々に濡れていく様は、ヨシカかニの恋愛観に染まっていく様子、そして裸体を見せない二人の濡れ場シーンなんですよ! "水"の描写がヨシカの恋愛に絡むとでも記述しましたが、この演出には脱帽です。 終わりに いつも綺麗にオシャレに着飾っているよりも、少しだらしなくて生活感が垣間見得る瞬間って好きなんですよ。 何故かって、その人の本質を感じられるから。 案外、こういう女性の方が男性陣ウケするんじゃないかと思うわけですよね。 作中にも出てきましたが "自然体"で居れること。 ここは激しく共感しました。 色々な恋愛観に響く何かを含んだ凄い作品ではないかと思うんですよ。 生々しい心理描写、リアルな心変わりはある意味で恋愛のバイブルにもなり得る。 …いや、恋愛未満の話なので妄想のバイブルですね(笑) 理想と現実、濃度は違えど人が内包するものであることは間違いない。 恋愛経験ゼロのこじらせ系女子が大人の恋愛とはいかないものの、恋を通して成長する物語。 その不安定さを持つヨシカを演じきったさんにふるえが止まりません。 原作も読んでみたいと思います。

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